【 一日一語 いのちの窓 】

 

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■ 2019年4月1日 正定寺山門の千懐桜が満開です。境内地が拡張されたので、県道からも全景が見えて、道行く人を楽しませております。

 

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■ 指の太さよりも細かった山桜の苗木がこんなに成長しました。山桜は自然交配の実生木ですから、一本一本花の色も咲き方も違います。この子は白花だけれども、やや桃色があります。根元は直径20p以上に育ちました。

 

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コープで買ったワサビを2本自噴水の滝口に植えてみました。地下85メートルの岩盤直下から霧島山系の水圧で自噴する毎分75リットル、水温18度の清冽な霧島裂罅水です。葉が生え白い根が生えてきました。日陰をつくるためにクレソンと共生しています。葉山葵の漬け物も美味しいですね。伊豆のワサビ田は渓流で水温16度、両岸にはハンノキを植樹して木陰を作っているそうです。なにか考えなきゃ。うまく育ちそうですので、も少し買って植えてみます。

 

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カワニナが自然発生していて、この坊や達がワサビをかじったりしないか観察中です。

 

 

仏法は、おのれ自身をくらべのない人生に立たせる。
 わたしは昨年病気をもらって、体調がよかったり悪かったり、波にゆられる一年を過ごしました。家族やお医者様や皆々様のお陰さまで完治。また春を迎えられるのがうれしい。梅の花が咲く。ポットに蒔いたソラマメ・サヤエンドウが発芽して日々育つ。小さなこと一つ一つに報恩感謝の毎日です。
 わたしが「今年67才です」というと、年長者の多くが「まだ若いじゃないですか」と応じてきます。その時わたしは「この人は人生を数字で見ているのだろうか」と変な気分になります。
 年令や、生きている身の上や生活の「多い・少ない」、「健康・病気」、「順調・逆境」の数字や境遇をくらべてみたって、人間がたった一人生まれ、たった一人死んでいく真実に変わりはありません。わたしは仏法を学び始めた最初に、仏法は知識ではなく、人生の実践なのだと受けとめました。その時から「くらべる」という心を捨てました。「くらべる心」は「くやみ・ねたみ・卑屈になる自分」へと誘導します。また時には「おごり・見下し・差別する自分」に引き込みます。「くらべる心」は人生に何の解決ももたらしません。だから「くらべ心」を捨てたのです。
 自分は自分、人は人。人間どなたの一生も「独生独死独去独来」(ひとり来たってひとり去りゆく)、「天上天下唯我独尊」(わがいのちとうとし)。この大安心の大地にどすんと自分自身を、そして一人一人をそのままに完成して立たしめる安心立命を仏法というのです。仏法は、人間一人一人の自己自身の解決です。
 南無阿弥陀仏は、生も死も超えていく大安心です。「くらべ心」を捨てたら、人生はどんなに豊かでおだやかでしょうか。【正定寺報 蓮華座2月号より  玄章記 2019/01/31】

 

お寺は、門徒のもの。仏法は、自分自身の安心立命。
 立春がまじかです。今は厳冬真っ只中ですが、これから日一日と春の明るさが訪れます。どうぞ日々をお大切に、お念仏申しながらお過ごしください。
 「春の仏教婦人のつどい」を開催します。平成の三十一年間は、ますます生活も時代の変化もはげしい日本でした。世界中の人々の生き方が画一化され、人よりも速く便利に、経済的に豊かにと、「価値と能率」を猛スピードで追いかける誠に不安定な時代を、人類みずからがつくりだしたのです。その見返りにストレス社会が人間を無味乾燥な人生へと追い立てています。医療も福祉も最高の時代に住みながら、おだやかな豊かさの実感がないのはなぜでしょうか。
 「日本人 そんなに急いで どこへゆく」
  「一度しか ない人生に 今日の幸」
 お寺は本来、門徒のものです。門徒に変わって住んでお守りするから「住職・坊守」という名がついたのです。お寺で「ゆっくり・おだやかな・自分自身の時間」をとりもどしましょう。仏法は、たった一人生まれたった一人死んでいく自分自身に「これでよかった」と言える道をひらく安心立命の場所なのです。【正定寺報 蓮華座2月号より  玄章記 2019/01/31】 

 

 

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■ 2019/01/22 宮崎学園白雲中学校の社会見学の時間。毎春、もう16年連続かなあ。今回はじめて、担当の先生に相談し、体験学習として「重誓偈」の読経もしてみました。聖典(お釈迦様の言葉)は額にいただいてから読むんだよ、と説明しました。近年は先生方が生徒さんよりも多くおみえになります。

 

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■ 本堂お内陣の見学。これも今回はじめての試み。クイズ1:ご本尊の仏様・阿弥陀如来は立ってますか、座ってますか? クイズ2:阿弥陀如来はなんの花の上にお立ちですか? クイズ3:仏具の輪灯の模様の花はなんの花かな? あとの講話でその話もしました。講話のあとの質問と感想の時間では、生徒さん一人ひとりが、自分の胸にひびいた言葉を語りました。

 

■「もったいないは自分に向かって言う言葉」ってわかりました。わたしは今年高校受験です。一回しかない人生を夢も目標ももたずに生きるのはもったいないんだと知りました。(女子)

 

■ぼくは、「言葉は一生の宝」なんだとわかりました。いい言葉は古くなったり、すり減ったりしません。「ありがとう」や「おかげさま」の言葉を大切にしたいです。(男子)

 

■ぼくは、阿弥陀如来(仏さま)は、人間はだれもみていないときも立ち続けて、ぼくを見ているんだと思いました。

 

■問い:仏様が立っている蓮の花(蓮台)は、そういう決まりなんですか。(男子)
答え:あのね、『維摩経』というお経に「高原の陸地には蓮を生ぜず、卑湿汚泥に蓮を生ず」っていってね、わたしたちの心の一番底の悩みや寂しさや悲しさの中から立ち上がってくださるのが仏様だって書いてあるよ。立派な質問だね。

 

■仏様は、あの蓮の花のように、ぼくの心にいてくださるのだということが分かりました。(男子)

 

■ぼくは、「聞く(菊)ことが心を育てる」ということがわかりました。(男子) 菊輪灯の話から。

 

■阿弥陀さまはいつもわたしのために立っていてくださることが分かりました。(男子) お内陣見学の感想から。

 

■もったいない自分だとわかって、自分を大事にしていこうと思いました。お陰様といえるようになりたいと思いました。(男子)

 

■どの子の声も言葉も、わたし玄章の胸に熱く熱く直球ストライクでした。先生方も熱心!

 

 

無限ということ
 「無限」とは、時間的にいうならば、それ自身において始めもなく終わりもないこと。「ここが始まりという境界線がある」ということは、その境界線の前が「有の世界」にしろ「無の世界」にしろ何かがあらねばなりません。「前・後」の二つの区分がなければ境界線はひけません。無限には前後も、過去・現在・未来の区分もありません。ただ一面の無限です。無限には時間は流れていません。超時間の世界です。
 空間的にいうならば、それ自身において入口もなく出口もないこと。「入口がある」ということは、「無限なるもの」に対して、「内・うち」と「外・そと」がなければなりません。外の世界から境界線を超えて内にはいるから「入口」があり、境界線を超えて外に脱出できるから「出口」があることになるのです。無限には、内も外もありません。「入口」も「出口」もありません。ただ一面の無限です。
 無限の中においては、どこにあっても、今あるところが「無限の中心点」です。何故ならば、無限には前後・左右・上下、どちらに点が動いても、前後のそれぞれの距離も、左右のそれぞれの距離も、上下のそれぞれの距離も「無限」です。だから、無限の中にあっては、どこでも中心点なのです。そうしますと、無限の中では「距離」はないのです。距離は、有限なる空間において、A点からB点の場所が特定できる時に存在します。しかし、無限の中においては、仮にA点とB点の二つがあったとしても、Aも無限としてしか存在しません。Bも無限としてしか存在しません。ゆえにAからBへの距離はないのです。無限には空間は存在しません。超空間の世界です。2018/12/09 玄章

 

 

■ 2018年12月12日 アミダネット 法話配信一周年
■ 正定寺 親鸞聖人報恩講

 

  12月12日〜14日(水木金)朝10時始め   昼1時半始め  講師:福岡教区直方市 円徳寺住職 栗山 一思師 
今日から正定寺報恩講です。12月になって毎日のようにご門徒が準備に来てくださっております。法要のときの会食を「お斉・おとき」といいますが、お斉に使う食材はほとんどご門徒のご寄付でまかなわれております。新米・もち米・大根・人参・里芋・昆布・椎茸・白菜・漬け物・・・・・・ 12月8日までにあるものを持ち寄って、12月11日からお斉の調理がスタート。これが伝統です。皆様のお陰様にささえられて、ほっこりと報恩講がつとまります。

 

■ 昨日は、福岡県飯塚市明光寺住職:中尾流一氏のご依頼により、鹿児島県鹿屋市の国立ハンセン氏病療養所「星塚敬愛園」の報恩講に講話で行ってきました。中尾氏は、毎月福岡から慰問法話に行かれて、2年が経過しました。入所者の高齢化や様々な事情で途絶えていた「星塚敬愛園報恩講」を復活させたいという入所者の方々と中尾氏の熱望により実現したものです。福岡からは、中尾氏と4〜5名の僧侶・壮年会の方々が同行され、鹿児島のお坊さんも2人見えていました。すごいパワーだなって感じました。来月は、1月9日の午後が法座だそうです。中尾氏が、「永年の念願であった、尼子先生の法話をここの方々に聞かせてあげたいという願いが今日は実現しました」と言われて、胸にこたえました。もったいないお言葉。

 

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 2018/12/10   今日は門塀に幔幕をかけました。30数メートルの長さ、幅185cmだった幕を七分割してもらってかけやすくなりました。これで門前・境内の準備ができました。

 

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門前の新境内地に並んだ報恩講のぼり。いよいよ法要へ気合いみなぎる。

 

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庭のヤマゴボウ  この実をつぶして紫色の絵の具にして遊んだ。

 

 

■ 正定寺が消防団地域共同訓練に参加  2018/12/02

 

■ 名称  平成30年度都城市消防団地域共同訓練

 

■ ○月○日午前4時、日向灘を震源とする地震発生。山田地区も震度7で被災。地域のインフラは、電気・水道・電話・道路・下水道が寸断麻痺したという想定のもと、初めての共同訓練がおこなわれました。避難者は、午前7時頃から指定避難所「山田総合福祉センター・けねじゅ園」に避難してきました。この避難民の受け入れ、避難所の自主運営、被災者の救援の訓練が今回の目的でした。参加者は、まちづくり協議会、消防団、自治公民館、民生委員、地区PTA代表者、地区高齢者クラブ会長、食生活推進委員、正定寺、・・・・・・ でした。

 

■ 正定寺は給食班を担当。正定寺門徒会厨房で、約80名分のおにぎりと味噌汁を調理し、運搬車に引き渡すまでの訓練でした。といっても、このくらいはいつもの機動力です。10時〜11時20分で完了しました。

 

■ 2014年2月に「お寺にもできる災害支援活動」を提案して4年目、地域連携の姿が少し見えてきました。参照:「お寺にもできる災害支援」

 

■ 市職員も消防団も都城市内全体でも初めての実地共同訓練でした。今後も継続されていくことでしょう。とにかく怠らず継続することです。特に団体の枠を超えた共同訓練、共同学習が日頃からなされていないと、組織間の都合や歩調がかみあわず意見調整に手間取って、避難民救援どころではなくなるからです。相互信頼の輪を広げましょう。

 

総合福祉センターでの訓練がおわって、都城市総務部危機管理課長さんと市職員数名が正定寺に来られました。三菱重工のプロパンガス発電機(2200W)をお見せしました。ガソリン発電機を公民館に設置しても、ガソリンの備蓄はできません。経年劣化する。取り扱いがむずかしい。継続運転時間が最大10数時間に限られます。しかし、プロパンガスは、どの公民館でもすでに設置されています。つなぎっぱなしで30時間以上最大100時間の連続運転が可能です。正定寺では、地下85mから自噴する飲料水を門前に配管して、災害時の給水施設にする計画(急ぐ)であることも告げました。

 

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おにぎりを手際よく調理する正定寺スタッフ。味噌汁づくりスタッフも動いてます。

 

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食料運搬用のコンポと密閉鍋に入れて避難所へ運搬。

 

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味噌汁とおにぎりくばりは、セルフでした。皆さんが、美味しいと笑顔。運搬軽トラックには「災害支援 正定寺門徒会」のマグネット掲示プレートも、今後作ります。緊急車両の表示です。

 

 

■レポート 平成30年度都城市消防団地域共同訓練に参加して  2018/12/05

 

 

■ 2018/12/01  アミダネット開設1周年!

 

2017/12/01にスタートした「アミダネット」が一周年を迎えました。福岡や広島に法話出講行脚など忙しさもあって、アミダネットの方はしばらく停滞しておりましたが、気分一新、ネット上でもまた歩みを開始します。
 今日は、12月12日〜14日におつとめします「当山親鸞聖人報恩講」の準備作業、「境内清掃 仏旗・のぼり掲揚」のご奉仕をいただきました。朝9時〜11時まで、皆気持ちをこめて働いてくださいました。6日は本堂および室内清掃、8日は餅つき、餅飾り製作、11日は直前点検準備、そして本番を迎えます。今までは、葬式・法事・内勤のおつとめもしながら、ご奉仕の方々との作業もこなす住職業でしたが、去年頃からは作業は副住職(息子)と門徒会長が準備万端すすめてくださるので、わたしは内勤2つすませ、お葬式に行って、帰ってみたらきれいな会場ができておりました。

 

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朝9時 のぼり組み立て。
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のぼり土台を配置する総代さん。

 

 

■ 明日は、都城市山田総合支所の提案企画で、「災害避難所訓練」に正定寺門徒会も一部参加します。ご報告は明日。
■ 10月26日〜28日までおつとめされた、福岡教区西嘉穂組巡番報恩講(会場当番 明光寺様)での全9席の玄章法話ビデオの整理が終わりました。明光寺様、姉弟、帰命塾生にはミニハードデスク(1テラ)に入れて送ります。ここまでできたので、心置きなく、次へ、前へ、前進します。2018/12/01 玄章

 

 

■ 2018/11/01  島根県江津市浄光寺にて
  福岡県飯塚市、西嘉穂組巡番報恩講10月26〜28日のご法縁が終わって、28日は小倉泊、坊守と合流して島根県江津市の浄光寺(姉の嫁ぎ先)の前住職17回忌、前坊守7回忌法要に29〜30日お参りしました。31日に浜田駅前から坊守を新幹線広島駅へのバスに送ると、ふたたび姉のお寺に行き、ここで休養しております。昨日31日、今日1日の二日間は石見の三名湯、有福温泉・旭温泉・美又温泉をめぐりました。明日2日、福山に向かいます。2018/11/01 玄章

 

 

■ 西嘉穂組巡番報恩講 大円成 おめでとうございます。  伝統ある大法要が立派に円成され、おめでとうございます。流一ご住職様、長谷川門徒会長様、皆々様も心地よい達成感のなかにおられることと存じ上げます。いま私は島根県江津市千畳海岸の千畳苑国民宿舎に坊守とおります。ここから江津市千田の浄光寺前住様17回忌・前坊守様7回忌のご法事に向かいます。
 明光寺様ご門徒の笑顔や明るいくったくない声の余韻が響流するなか日本海の波の音に包まれ、中尾徹昭師との44年のご法縁、明光寺巡番報恩講との30年の波音が打ち寄せております。ふりかえればそれが私の僧侶人生であり、お育ていただいた幾重層の歳月でした。徹心前々住様、やえの前々坊守様以来のご縁が徹昭様・田鶴子様、弘伸師、流一師へと確かに法灯が輝き継承されて、このたびの巡番報恩講のこまやかな心のこもった運営に結実したものと感服いたしております。3年余にわたる準備、ご苦労、本当にご苦労様でした。そして感謝申し上げます。自坊に帰りましたら、あらためて御礼申し上げます。2018/10/30 尼子玄章

 

 

 広島県福山市の正善寺(弟)の報恩講に向かう前に、島根県江津市浄光寺(姉)のところに滞在、旭温泉・有福温泉・美又温泉をめぐって、ぼんやりしております。日本海の夕焼けがきれいです。2018/11/01

 

 

■ 海と魚  
■ 福岡教区西嘉穂組巡番報恩講 当番:明光寺様 が近づいてきました。10月26日昼席〜28日昼席までの3日間です。法要案内のしおりに載せるので、何か文章と顔写真をと中尾流一住職に依頼されましたので、10月1日に「海と魚」の拙文を送りました。

 

■  海に住む魚は、いま自分が海の中にいるとわかっているのでしょうか。海に生命をいただき、海にはぐくまれ、一瞬も海と離れては生きていけない魚は、海の中に自己がいることを知りません。魚には海水に濡れているという自覚もありません。主体的な自覚(めざめ)という次元でいうならば、魚は生まれて一度も濡れたこともなく、泳いだこともないのです。泳いでも泳いでも、海と衝突したという魚はいません。海と正面向きに出会って握手したという魚もいません。魚は、海と出会えないままに、一瞬も海と離れてはいません。魚は海と一度も出会ったことはないままに、毎日海の中にいます。
 絶対無限なる永遠の大生命(阿弥陀如来)と生老病死の有限な時間を生きるわたし(人間)の関係も、海と魚の関係に似ています。永遠の慈悲のはぐくみの中に抱かれてありながら、わたしたちは狭い自己の我見の牢獄に閉じこもり老病死の影におびえています。仏法はいのちある者、老病死の鎖につながれた者、一切の情けある者に向かって呼びかけられた目覚めの教えです。それは人間だけではありません。 「いのちある者よ、永遠の大生命の名をとなえてみよ。お前を生老病死の牢獄から出してやるぞ。いまそのままに如来自身の大生命を与えよう」と呼びかけてくださる言葉が、「南無阿弥陀仏」です。われらは「はい、なもあみだぶつ」ととなえるとき、せまい脱出不可能の自己の殻が破れ、広大無辺な海の安らぎのなかに今すでに抱かれていた自己であったと、永遠への目覚めの窓が開かれていくのです。
 如来は海、われらは大生命の海に抱かれている魚。ただ称名念仏、言葉になり、わたしの声になり、わたしの人間境涯になりきった念仏のみが、海と魚にはもともと壁はなかったと、この身この人生のまま知らしめられていくのです。生死の苦海を生きる身が、そのままにして如来の慈悲の家に安住する身に転換せしめられるのです。念仏は如来の家、念仏申さるべし。

 

 

■ 福岡県飯塚市内の15ヶ寺で組織する西嘉穂組の巡番報恩講は、15年に一度、会場当番寺院がめぐってきます。わたしは36才の秋、51才の秋、そして今秋と30年、3回目の法縁をいただきました。身体は大工作業をしながら、様々な言葉が到来しております。2018/10/22 玄章

 

 

■ 10月1日 ゆんぼな日々の始まり
■  10月1日、門前の123坪の土地購入、登記完了したので、境界のブロック屏を撤去するためにユンボを1ヶ月間レンタルしました。8月に、境内整備や災害地ボランティアのため若院がユンボ講習会に2日間参加しました。若院のユンボ操縦習熟もかねて10月1日からブロック屏解体作業が始まり、2日の日には総代の若松さんから2トンダンプをお借りして、瓦礫処分場への運搬も始まりました。なんと若院は3日までに鉄筋まで分別して、ブロック塀解体撤去作業が終わりました。
 第2段階は、土地の地ならし整地作業です。近隣のシラス台地からシラスを運んで、レベルの低い土地をかさ上げします。ダンプはもう一台総代さんから借りて、住職と若院がピストン運送します。第3段階は、採石敷設作業です。ユンボレンタル料金は、2週間借りても1ヶ月借りても同じ。10月は土建業での明け暮れですね。2018/10/04 玄章

 

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10月1日 朝8時 太陽建機よりユンボ到着。
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境界ブロック塀解体作業開始。
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鉄筋も少なかったので、ガラガラと壊れました。若院は一日でユンボの操縦に慣れました。10月2〜3日の工事経過はおってアップします。

 

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わたしは、工房で工具土台の色塗り。孫娘が幼稚園から帰ってきて「おとうちゃん」は門前でユンボの運転手。「おじいちゃん」は工房の前庭でHNKゴゴラジを聴きながらエメラルドのペンキ塗り。二つの現場を母親と行ったり来たりして、「ユンボ」、「エメラルド」と言ってはしゃいでいました。そして台風24号の風で裏山から落ちてきたドングリをいっぱい拾って遊びました。台風一過の秋晴れでした。2018/10/01

 

■ 台風24号が9月30日正午〜2時頃通過。停電27時間。道路はまだ完全復旧しておりません。写真は10月3日現在、大古川〜御池線。
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昨日は、高原町皇子原温泉に行くのに通行止めばっかり。迂回迂回して、やっと温泉にゆたっとしました。

 

 

冬野菜の種まきにそなえて
元気になると仕事がおおくて、高圧洗浄機のオイル交換と機械掃除。ミニ耕耘機のオイル交換。何やかややってます。報恩講前に参道のノリを洗わないと、雨の日は足が滑りそう。一個ずつ冬支度です。2018/09/11 玄章

 

 

秋の大工仕事始めよう!
 なんかダラダラしてましたが、そんな時はいつも次の一手の端緒が見えない時。欅風舎図書室の壁張り工事、石膏ラスボードに珪藻土漆喰仕上げと思って、何度も寸法を測るけど結論がでない。寸法上の問題と、石膏ラスボードはその下地を全面ボード張りにしないと、衝撃でボコッと割れる。考えが行きつ戻りつしてましたが、「そうか、板腰壁、腰の高さまでは杉板張りではどうか?」、余り材料のストック倉庫をのぞくと、壁板仕上げ加工済みの2000mmの板が62枚あった。柱と柱ののシャクリ加工までの間隔は約1950mm。桧フローリング板も18枚(これは本棚の天井板に使用)、計算してみると十分足りる。そこで、杉板張り腰壁仕上げにして、その上を珪藻土漆喰仕上げという結論になりました。予算もうきます。
 平成15年初夏からの庫裏建築工事から今日まで、すべての建築工事で、内装の建築材(化粧材)はほとんど自分で鹿児島の建材問屋で調達してきました。設計図には「杉板・無節・寸法」などと書いてあるけど、建築材は産地によって、仕上げ加工によってまったく風合がちがうのです。問屋に行って、直接眼でみて、時には売れ残りの端数材でも、トイレや押入には十分なわけですから、市場長さんと交渉して直接買い付けしてきました。いい材料を求めて来ると大工さんたちも喜んではりきります。そのかわり、工事が終わると微妙に材料が残るのです。お寺(建物)と住職は長いお付き合いですから、残った木材・建材は全部修理のためのストック材にしてきました。今度こそは、この残り材を使い切りたいのです。お金も無駄遣いしたくないし、倉庫の空間をもっと広くして、木工や園芸の作業がしやすくして、新しい時代へ向かいたいのです。板壁を打つ中柱や下地材も十分あること、寸法もいけることを確認できたので、なんか急に身体のダラダラ感が飛んでいって、春以来の高原温泉に行ってきました。ザブーン。湯船で、行けそう! やれそう! と元気がでてきました。2018/09/09 玄章

 

 

夏の疲れかな?  ちょっとダウン気味。
■ 北海道地震被災地の皆様、台風21号の被災地の皆様、心よりお見舞い申し上げます。水道、電気、食料、交通手段、ライフラインが復旧せず大変だろうと思います。次々と起こる災害に、わたしもなんだか気分がめいって、元気がありません。部屋で本ばかり読んでいました。明日から、仕事に復帰します。体調がもどったら、前にすすみます。2018/09/07 玄章

 

 

少し秋の気配です。
■8月28日、鹿児島空港エアポートギャラリィで開かれている「徳田正人作陶展」に行ってきました。徳田さんは、鹿児島県吹上町の吹上浜に「松韻窯」をかまえる陶芸家です。常楽寺門徒でもあり、いつもご夫婦でお聴聞にお参りされます。お互いにお互いのファン倶楽部です。吹上温泉の大地湧出の粘土で作る独特の味わいと孤高の志がわたしを惹きつけててやみません。わたしの眼も身体も自然と惹かれていく数少ない陶芸家です。花器と菓子皿のお買い物をしました。宗教哲学講座「帰命塾 3泊4日」が終わってぐったり疲れていましたが、体内に潮風が吹き抜けて元気になりました。8/17〜30日までなので、今日もう一度見に行きます。買った花器と大皿も置いてありますので。
■「仏説無量寿経の根本問題」は、原稿書きに移行しそうです。想いをめぐらしております。■離れの欅風工房では昨日から大工さんが入って床板張り下地工事が始まっています。ひとつずつ片付いて行きそうです。さて、秋のプランに頭を切り換える潮目がきました。2018/08/29 玄章

 

 

■帰命塾、準備完了。
■ 聞法者に贈る日めくりカレンダー「いのちの窓」が完成しました。これで、8月22日より25日まで開催される「第1回帰命塾」(霧島会場から通算しますと11年目)の宗教哲学講座の聴講者のためのテキストが出そろいました。『仏説無量寿経』の書き下し文については、全体構成も原文も、イラスト入りの説明資料も、パワーポイントで映写しながら話すようにします。■ 時間配分としては、@朝だけ「重誓偈」または「讃仏偈」・「正信偈」のおつとめ。調声は、住職か参加者が交替でつとめましょう。A50〜60分の講義(スライド映写をまじえた講義スタイルを試みてみます)。B15分の休憩時間。C60分位の座談ワーク。自分の言葉で自分のお領解を言うもよし、聴くもよし。D10分休憩。E40分くらいの住職法話(プロジェクタもテキストも使いません)。その日の最重要なこと一点集中で突っ込んで話しましょう。・・・・・・・・・・・・・・・・・ 司会者の吉冨さんとの打合せでいまこんな風に「資料準備」・「会場準備」・そして「ながれの予定」まで出来ました。F身体のきつい方には昼寝の部屋も準備しました。わたしのたてるお抹茶も飲んでください。■ わたしの願いとしましては、ゆったりといい時間をいっしょにすごしたい。私の講義、法話だけでなく、お一人お一人の言葉も、みんなで丁寧に聴いていきましょう。「そうしてほしい」と思っています。すべての準備が出来ました。2018/08/20 玄章

 

 

お盆をいかがお過ごしですか。
 西暦538年、第29代欽明天皇13年10月、朝鮮半島百済国の聖明王より釈迦仏一体、仏具、経典若干が朝廷に贈られました。「仏教公伝」です。敏達、用明、崇峻の世をへて、推古天皇(女帝)が即位されます。
 推古2年2月1日(594年)、皇太子(聖徳太子)と大臣・蘇我馬子に詔して、「仏法興隆の詔」を発布されました。日本仏教が正式に始動したのです。推古12年4月3日(604年)、聖徳太子は「十七条憲法」を発表。仏教を基盤とする日本国運営の指針が示されました。推古14年4月8日(606年)、この年より始めて、寺ごとに4月8日は「灌仏会・お釈迦様お誕生の法要」と7月15日には盂蘭盆会をつとめることになったと、『日本書記』に記してあります。
 2018年の今夏は、仏教公伝から1480年目、日本でお盆がつとめられるようになって1412年の歳月が重ねられたのです。
 わたしたちのそれぞれの心は、30才のひとは30年の人生経験と知識、80才の人は80年の人生経験と知識、それだけで出来上がっているわけではありません。個人の心や記憶を超えて、わたしたちの魂の記憶には、お釈迦様から2500年、仏教公伝から1480年の年輪が刻み込まれているのです。そうでなかったら、「お盆に里帰りをしよう」という心も発動しません。「明日は、おばあちゃんの初盆にお寺に集まろう」という親戚中の会話も成り立ちません。個人主義も結構ですが、それだけで生きる人生はあまりにも浅薄です。自分自身の心に刻み込まれている歴史(これが本当の歴史なんですが)、魂の記憶に耳を傾けてみましょう。2018/08/13 玄章

 

 

最新アップ情報 こどもたちの読経の声です。
夏休みこども寺子屋7月30日朝のつどい、正定寺若院と16名のこどもたちのおつとめ「重誓偈」の声をアップしました。聞いてください。元気がでますよ。下の「TOP法話 はじめての仏教」のところにあります。7月23日より7月31日まで、小学生16名、運営門徒スタッフ23名で楽しみました。一日目は、ほそい声でしたが、日がたつにつれて伸びやかで堂々とした声になりました。二日目からは「ハイ」と手を上げて、すすんで2名ずつ調声もつとめました。正座の姿勢も背筋がのびてきれいになりました。2018/8/7 玄章

 

 

■ 8月1日、いよいよ宗教哲学講座 帰命塾に向かって一心専念の月になりました。
 7月23日から7月31日までおこなった「夏休みこども寺子屋」は最終日、参加の子どもたちと保護者の皆様、運営スタッフもいっしょに昼食会をし、閉所式では7日間をふりかえるスライド上映、住職のことば、記念品贈呈でおわりました。7日間の活動内容や感想はおいおいお知らせしていきます。子どもたちがおつとめした「重誓偈」の読経の声も録音してあります。ネット公開します。
 今日8月1日は、8月22日から25日まで3泊4日でおこなう宗教哲学講座にまっしぐらに向かうために、周辺の雑務整理に一日おわれました。西栫自治公民館長としての役務で山田総合支所を2度訪問。市広報文書の家庭配布。5日の一斉道路清掃の段取り。個人的には、銀行、ゆうちょ銀行、法務局に行ったり、一日中動き回ってほぼ片づけました。
 動きながらも、頭の中は「仏説無量寿経の根本問題」を何回にわけて、どんな角度からの切り口で話すか、どの入口から話し始めたら聴講者が聴きやすいだろうかと、ずっと考えていました。お盆参りもありますが、わたしの心は8月22日に向かっています。宿泊所「ゆぽっぽ」にも立ち寄り、4室を除いてほかの部屋は全部予約をお返ししました。一歩ずつ背水の陣をしいています。
■ 6〜7月は、「仏教サロン すっぴん」の開講、「第2回夏休みこども寺子屋」の企画と運営に情熱を傾けました。「すっぴん」も静かに動き出しました。昨年夏からあたためていたひとつの展開が、いま静かに線路を動き始めました。「すっぴん」この列車は重量級です。いまはコトリコトリと車輪が回り始めたのです。大事にしていきたいです。「第2回夏休みこども寺子屋」の今年のわたしのテーマは、参加する子どもの募集と同時に、門徒スタッフの楽しみながらの参加でした。結果としては、スタッフ20数名の参加、のべ人数では40人以上が子どもの見守りや、農場見学、工作体験、調理実習にかかわってくださいました。現場の先頭に立ったのは、若院(息子)です。ほんとうによく働いてくれました。子どもたちも、身体中でよろこびと、いままでにない感動を感じた一週間だったと思います。それに、やっとこさ『言葉は風 一日一語』を閉所式のプレゼントに間に合わせました。2015年冬から思っていた、「子どもたちの毎日に仏教の言葉を」という念願が叶いました。「ものづくり」というのは、いつもおなじ品質を生産ラインで安定して作る、というラインの完成までいかないとだめなんです。1個2個ならなんとかできますが、「言葉は風」の内容が、次は病人さんのベッドに届けるお見舞いの言葉になっても、製作ベースのラインは同じです。そこまでもって行くには、穴あけ機械の性能とクセまでしってコントロールできないといけません。それも、つかめた2ヶ月でした。もう大丈夫です。
■ 大きな山をいくつも越えました。8月はわたしにとって頂上決戦です。決して力んでもいませんが、柔らかな楽しさの中に歴史の窓を開けたいと思います。ああ、想いつづけて待っていた8月です。うれしい。この8月1日をこんないいコンディションで迎えられたことに感謝します。南無阿弥陀仏。■2018/08/01 玄章

 

 

■ いよいよ始まる 夏休みこども寺子屋
 7月20日14:30より、夏休みこども寺子屋のスタッフ打合せがありました。門徒会長の福森さんの提案です。わたしは留守でしたので、息子と会長に一任しましたが、スタッフ10名が集まってくださいました。今日帰ってきてその報告を受け、感謝とうれしさで胸が一杯です。20日は夜もスタッフ2名が集まり、工作体験では何をしようか、熱心に語り合ったとのこと。最近、わたしの住職としての夢がひとつずつ叶えられていく実感があります。住職がなんでも前に出て頑張るお寺ではなく、一人ひとりの門徒が自分のお寺に居場所を見いだし、発言し、いっしょに動かしていくお寺です。こども寺子屋の参加募集ビラは、山田小学校、中霧島小学校、木之川内小学校の町内3校が生徒に配ってくださいました。昨年は8名の参加、今年は17名の参加です。今年は、門徒スタッフに過重な負担をかけず、楽しみながら子供の見守りをすることが目標です。スタッフは日替わり当番で20名ほどが参加しますが、子供17名はちょうどよい人数だと思っています。30名だと、ちょっと運営の質が変わるでしょう。20名を超えるのは来年でいいです。一歩ずつ自信と手応えを重ねていけばいいです。今夏は、寺族も門徒も親もこどもも、いっしょに楽しめる体験の年です。ありがとう。よかった。
■ 2日間、熊本県天草のあたりをドライブしてきました。運転ができるうちに、日本の美しい景色を見たいのです。山越えの間道や海岸線の生活道路を走りたい。グランビアには、自炊セットも乗せて走ります。高速道路や飛行機はもういいって感じ。昨日は夕焼けがすごかったです。海と空と島影とが一瞬一瞬変わっていく海の夕焼けはもう言葉になりません。なんまんだぶ。なんまんだぶ。それと熊本の町々の道の駅の野菜・果物のきれいなこと。人吉では、蓑毛鍛冶屋さんにも寄りました。ここの「鰺切り包丁」はいいです。明日、写真付きで紹介します。2018/07/21 玄章

 

 

■できてしまえばこれだけのことだけど ・・・・ 日めくりカレンダー「言葉は風」
 2015年冬だったでしょうか。毎年、正定寺に来てくださる都城市立白雲中学校(元宮崎学園)の生徒さん先生たち。県立泉ヶ丘高等学校1学年全クラスの生徒さんと先生たち。もう15〜16年つづいているご縁です。この子たちになにか手渡せる「言葉」の本を作れないものだろうかと思い続けてきました。人生の曲がり角やどん底、ここというふんばりの峠で、たった一言の言葉が道を拓いてくれた、立ち止まらせてくれたことを身をもって知るわたしは、言葉との出会いの大切さを、子供たちにお伝えしたいのです。昨夜、やっと想い描いていた手作り日めくりカレンダーが「かたち」に成りました。ルーズリングの穴開け、穴の位置、穴あけの機械さがし、どれだけ右往左往したことか。この穴開け工程が、手作りカレンダー出版の生命線なのです。そして、子供たちに手渡す「言葉31」の質感。なんども書き換え、なんども中断しました。3年間遅れましたが、遅れた理由は諸々な身辺の事実もありますが、それよりも熟成の時間だったなあと思っています。
 一日一語日めくりカレンダー出版と、アミダネット(音声ライブサイト)、仏教サロンすっぴん、宗教哲学講座:帰命塾、夏休みこども寺子屋、「お寺にもできる災害支援」、「都城のかくれ念仏」・・・・・・ これらは別々のものではありません。わたしの胸の中でつながっている交響曲なのです。ずっと前からつながって鳴っていた理想のオーケストラなのです。
 遅れて到着したチェロ演奏者『言葉は風』が、待ち焦がれていた楽団員総立ちの拍手の中、昨夜ステージに立ちました。これでフルオーケストラがそろいました。「いのちの交響曲」のフルバンドになりました。たった一冊のカレンダーの表紙やリングの穴や文字を見て、手でなぜて、「出来てしまえば、これだけのことなのに、長かったなあ」と自分の胸に語りかけています。2018/07/17未明 第1ヴァイオリン gensho

 

 

■ 一語カレンダー『言葉は風』
 7月13日〜14日、鹿児島県鹿屋市輝北町・大円寺さま虫干法要に出講のご縁をいただき、帰ってきました。ご住職・坊守さまもお元気で、5人の総代さまもみな元気でお会いできて、うれしかった。ご講師控え室では、2日間、日めくり法語カレンダー『一日一語 言葉の風』の執筆に集中できました。2016年2月に思い立って、三種類書き始めたのです。一つは、お聴聞者向け。二つは、お念仏の信心の味わいを詠んだ詩歌集。三つめは、青少年向けです。正定寺に毎年訪問される白雲中学校の生徒さん、夏休みこども寺子屋の子供たち、小中校生向けに仏教を!と思って始めたのですが、31ページの言葉が、質感や色合いがなかなか溶け合わなくて、ほおってあったのです。でも、「仏教サロン すっぴん」も始まったことだし、なんとか完成せねばと、止まっていた歯車が回り始めました。2年間蔵のなかに眠って熟成を待っていたのでしょうか、一気に二日間で書き上げました。大円寺さまの一室に座り続けられたお陰です。お礼に送ろうと思っています。
日めくり法語 1)聴聞者向け 2)念仏詩歌集 どちらも原稿は出来ているのにまだ蔵の中です。『言葉は風』のフォーマットの方が、製本作業がシンプルでいいことに気がついたので、リフォームして出版することにしました。
■ 1000部くらいを印刷屋さん(カレンダー専門業者)に発注する。そして完成したら一気にばらまく、・・・・・・ というやり方はしたくありません。30〜50部を手作りしたら、顔を見て、言葉をかけて、手渡ししたいのです。製本作業にはご門徒のお手伝いももらいます。いっしょに作業、いっしょにお茶、この時間もふくめて「言葉の風」を感じて行きたいのです。今回、ふとしたきっかけで木綿感覚の手触りの一冊が生まれて、2年間停滞していたもやもやを越えられた感じです。2018/07/16 gensho

 

 

■ 一語カレンダーを作ろう!
 「夏休みこども寺子屋」に参加してくれたこどもたちに「ことばのプレゼント」 31日・日めくりカレンダーを作ろうと思います。ページひろい、とじ方は自分でやってもらいましょう。31の言葉、準備をはじめなくっちゃ。2018/07/13 玄章

 

ありがとうと言うと、ありがとうの世界が見えてくる。

 

 

■ 3つのご報告
■ 一つ、7月13〜14日 鹿児島県輝北町大円寺様 虫干法要のご講師で出講します。7月23日〜24日 鹿児島県吹上町常楽寺様 虫干法要のご講師で出講します。今回の法話の中心軸は「一元論と二元論」でいこうと思っています。ライブ録音してアップします。深夜、鈴木大拙の50代の論文(全集第17巻 「百醜千拙」)を読んでいて、「釈迦35才、菩提樹の下で悟った自内証は四諦・八正道・十二縁起ではない、それは釈迦の悟りを後から分析して概念化した学者仏教だ」という疑問を呈しているのですが、全く同感です。わたしも昔から「それは、悟りその時に釈迦におこった精神界の事件ではなく、後付けの理屈だ」と直感していました。仏法も概念化仏教になると「われ と 仏教概念」という二元論になるのです。陸の上で死んだ魚を解剖しているようなものです。陸の上で頭のいい人間に、海での泳ぎ方を、手はこう動かして、足はこうけって、息はこう吸ってと教えているようなもんです。本人はちっとも濡れていません。そんなこと翌朝一番に坊守に言いましたら、「わたしは、中学校のときの先生に、まず水に沈めばいい。そして頭を忘れろ。そしたら浮くんだよと言われた」と言いました。さすがこの人は時々名言を吐きます。どっぷり濡れたまま、沈んだままが一人称の仏法です。ここんとこ、微妙なんだけど、決定的にちがうんです。マネキン人形の仏法は、自己も人も救いません。
■ 二つ、山田総合支所の地域振興課に公民館のことで行って、話のついでに「お寺もできる災害支援の構想」と、門徒会の取り組みを話しました。アミダネットのことも。行政とも日頃からおたがいの情報開示があってこそ、いざ一大事のときに助け合えるのです。
■ 「夏休みこども寺子屋」の実務作業と、「正定寺版スライド 南九州のかくれ念仏」(第一部 25分間)の制作を副住職(息子)にわたしました。思いっきりやってくれるでしょう。やることは多いんだ。どんどん行かねば。 2018/07/12 玄章

 

 

■ ヒグラシゼミのお念仏の明け暮れ
 6月24日に裏山でヒグラシが鳴きました。毎年この朝なんです。今年も明け方声がしてうれしかった。なぜこの日なのか。どうして幾世代かわってもこの日をおぼえているのか、わかりません。ほんとうに不思議です。わたしは、セミの声に手をあわせます。なんまんだぶ。なんまんだぶ。ここは不思議の世界です。今日7月9日夕方は、もうすぐ3才の孫娘が、「おじいちゃん、ヒグラシが鳴きだしたよ」と教えてくれました。わたしはサッシを開けて、お寺の裏山に合掌、念仏しました。娘が「あおいちゃんは、おじいちゃんがヒグラシが好きだっておぼえたんだね」と後でいいます。朝も夕も、ヒグラシゼミのお念仏の明け暮れです。「おじいちゃんは、死んだらヒグラシになって還ってくるからね」と孫にふり向きました。
■さて、一歩まえへ。公民館の夏祭りも盛会裡におわりました。ささえてくださった副館長さんはじめ皆々様に感謝します。今日は、正定寺門徒会:総代会&仏教婦人幹事会の合同会議でした。11時30分集合して、簡単なお弁当食べながら談笑。2時間の話し合いをしました。■夏休みこども寺子屋は、現在申込み人数11名。おおくの方が日割り当番でささえてくださることになりました。■ふれあい厨房:滴水庵も見ていただき、ここから楽しい集いを創造したり、災害支援を考えていくことも話し合いました。■7月17日〜18日におつとめする虫干法要に、「正定寺版 かくれ念仏の歴史スライド」を作成・上映することになり、山田町平山の「平山隠れ念仏洞」の写真もいれることにしました。平山自治公民館壮年会の皆さんが念仏洞とその周辺をヤブ払い清掃してくださったので、今夕現場にいき写真を撮りました。■7月〜9月の行事に向かって一歩まえにすすめた一日でした。いつものことですが、門徒の方々のお顔やお声に元気をいただいている自分です。
■ 西日本各地をおそった集中豪雨災害の被災地の皆様に心から、お悔やみとお見舞いを申し上げます。まだ災害の全容がわかりませんが、正定寺門徒会も復興支援義援金をおくりたいと話し合いました。範囲が広すぎて、途方に暮れています。
■ でも、気分一新。ご門徒と共に、前進します。原稿執筆&法話録音アップもそろそろ復活します。今朝も9時にお参りされた皆さまと称名念仏のある日暮らしの有り難さ、安らかさを話しました。2018/07/09 玄章

 

 

台風被害はどうですか?
 今夏、「夏休みこども寺子屋」と「仏教サロンすっぴん」をはじめられて、なにやかや雑用もおおく、ちょっと疲れ気味です。7月8日(日)に公民館の夏祭りがあるので、それがおわったら一段落です。法話録音と執筆の時間にはやくもどりたい。2018/07/03 玄章

 

 

6月のおわり  おかげさまでした。
 今日で6月がおわります。おかげさまでした。わたしは今、地域の公民館長なんです。3月に選挙で選ばれて、家族や地域の方々に助けていただいて、なんとか3ヶ月がたちました。6月は、地域の防犯灯29灯をLEDに変える工事をしました。地区内に市営住宅59戸もあるので、ここの防犯灯30灯LED切換も山田総合支所に交渉しました。市から一灯当たり5800円の助成金がでるというので、申請文書も作りました。九州電力都城営業所に行ったり、NTTに電柱許可の文書申請したりでした。あと1灯で工事も終わります。
 明日、7月1日は、山田町の公民館対抗バレーボール大会です。午後1時からのご苦労さん会は約20人、お寺の厨房:滴水庵のテラスで焼き肉です。今日は、そこの会場清掃でした。コンクリート床も水で流してきれいにしました。おいしく食べてほしい。
 地域のこんなあつまりにもお寺を使ってほしいです。日曜日はお寺参りもおおく、試合の応援には行けません。皆さん、ケガをしないように楽しんでください。副館長さんやみんなに助けられて、7月を迎えます。だから、今日は、大工も原稿書きもおやすみ。ちょっとつかれた。
7月8日は夏祭りです。副館長さんが、よくわかっておられるので、大船に乗せていただいております。とにかく仲良くやりましょう。なんまんだぶ、なんまんだぶ。
 昨日は、お葬式斎場に行く途中、前方から走ってきた2トンダンプから落ちてはじけた小石がフィットのフロントガラスを割りました。今日の法事は、狭い道を入るので軽トラックで行きました。衣着て軽トラックもいい風情です。2018/06/30 玄章

 

■ 夏休みこども寺子屋 参加募集 新しい窓をひらこう!
 山田町中霧島小学校全校生徒 144名分「夏休みこども寺子屋」募集チラシを、今日校長先生(素敵な方)にお届けして、ひとまず募集段階を終えました。あとは「正定寺通信 蓮華座7月号」に載せて門徒全戸にお知らせします。わずか20〜30名の小学生を集めるためにそんなに宣伝しなくてもと思われるかもしれませんが、子供のため、地域のためでもありますが、一番大事な「お寺が」、「わたしが」一歩前進して、新しい未来のドアをひらくこころみなのです。子供が来れば、親が頼って来れば、新しい責任も生まれます。プレッシャーも背負います。身を粉にして働かねばなりません。わたしが、ここいいてよかったと思えるなら、それもいいです。仏教の未来のドアを拓きましょう。 2018/06/28  これが玄章の流儀

 

 

■ 夏休みこども寺子屋 募集開始!
 今日は、娘が山田町子育て支援センターに「夏休みこども寺子屋」のチラシを持って行きました。わたしは、中霧島小学校に行って校長先生と会い、お話ししました。全校生徒144名に配ってくださるとのことで、今日は教職員の数だけおいてきました。やまだのお寺発の「夏休みこども寺子屋のねがい」が広がっていきそうです。
 今日は、坂元賢三著『科学思想史』の「科学の方法論の確立」、「機械論的自然観の成立」の章を読んでいます。『科学思想史』の本はいくつか読みましたが、坂元賢三氏の本が一番的確で直球だと思います。
 現代言語論を考える上で、一つには、「言葉は人間の意思伝達のための手段である」という考え方への反論。二つには、「言葉は人間が発明した道具である」という言葉の起源に対する反論。三つには、「科学思想がもたらした数値と記号に対する盲目的な信仰」に対する反論が必要だと考えています。科学というのは何でも解決してくれる万能なものであるという迷信も、ひそかに現代人に浸透しているのではないでしょうか。ひとつずつ丁寧に語ったり書いたりしていきます。そろそろ、音声ライブ法話もアップしないといけないね。あれこれ、忙しい毎日です。2018/06/28  玄章

 

 

■ 夏休みこども寺子屋 募集開始!
 正定寺では夏休み中の一週間お寺の涼しくしずかな環境をこどもたちにひらいて、こどもの見守りをする「正定寺 夏休みこども寺子屋」を今年もひらきます。今日は、山田小学校に行って教頭先生と話し、木之川内小学校に行って校長先生・教頭先生と話して、「ご案内チラシ」置いてきました。お寺のある地域公民館の小学校こども会の会長さんにも「ご案内」児童数分あげてきました。明日は、中霧島小学教と子育て支援センターに行ってきます。
 今夏は見守りボランティアも20数名にふえて、農場見学・収穫体験・調理実習など活動内容も魅力的です。こどもたち、あつまれ! 楽しいよ! 2018/06/27 玄章

 

 

 6月22日から26日まで、熱中作業空間:欅風工房レポートだったけど、工房のしごとも見通しが出来てきて、「今の自分でなら、この方法で、この電動工具はこう使って」とパターンが読めてきたので、頭はいらなくなりました。あとは、工房に身体を運んで一つひとつを手でたしかめ楽しみます。そこで、「言葉と宗教」に帰って、つづきを書きます。2018/06/26

 

 

■ 仏教サロン すっぴん 6月24日14:00〜15:30 オープン
 今日、念願であった「仏教サロン すっぴん」がオープンしました。13:30に会場に行くとオーナー様が待っておられました。お茶道具など車から降ろして二人で話していたら、ひとり、ふたりおみえになり、わたしもいれて8人でした。それぞれの身辺のいろんな話を語り聞き、15:30におひらきにしました。
 今日の目標は、とにかく始めること。お茶の準備やイスの数の必要なものの確認でした。会場の広さも、ここが店舗だったときは、商品が並びレジカウンターもあったのでせまく感じましたが、今は20名は入れるゆったりスペースになっていました。次回からは、もう少し人数が増えてもいいように呼びかけたりもします。今日来られた方々おたがいが顔会わせできたのでよかったと思います。会場搬入〜サロン〜会場搬出までの動作確認もできたので、今日はぜんぶ満点でした。心のなかに新しい風が吹きはじめました。7月が楽しみです。なんまんだぶ。なんまんだぶ。
 ■ 皆様、ご参加ありがとうございました。 ■ オーナー様、色々お心遣いありがとうございます。ともかく一回一回を積み重ねて、やがて仏教がおもしろく語れるサロンに育っていきたいと思います。写真:元ギャラリィ212は、都城市立図書館もすぐ近くの静かで便利な場所にあります。2018/06/24 玄章

 

 

■ 新しい自分が見たいのだ、仕事する。 河井寛次郎
 今日は原稿執筆おやすみ。今日、あすは大工さんします。まえから持っていたマキタのルーターとボッシュのジグソーに工具固定テーブルを自作します。昨夜は設計でした。ルーター作業台、ジグソー作業台、完成したらお見せします。三寸角4m杉材から、まず部材カットです。 ■ 23日の木工作業は、「Genshoの近辺など」に写真掲載しました。  2018/06/22 玄章  冒頭の言葉は、河井寛次郎 昭和の陶芸家。

 

 

その人の言葉は、その人の心を支配している  その四
■ 宗教哲学者 大峯顯の言語論
 大峯顯(おおみねあきら 1929〜2018)は、わたしのお師匠様です。ここでは「大峯」と表記します。現代日本を代表する哲学者・仏教学者・俳人、そして奈良県吉野郡大淀町專立寺の住職であった大峯顯のライフワークは「なぜ名が救いか」という言葉に尽きると、わたしは思います。京都学派の重鎮として西田哲学やフヒィテ研究など学問の裾野はひろく、どれをとっても一流ですが、90年の人生、自己自身の生死の解決をかけて踏破した求道は、「なぜ南無阿弥陀仏という名号を称えることが、人間究極の救いなのか」、「名号とは何か」という「現代言語論」の問題であったと思います。大峯の60代から80代の著述をお読みになればおわかりいただけると思います。ここで「浄土真宗教学」の問題と書かずに「現代言語論」の問題としたのは、大峯顯が「言葉と宗教」、「言葉と現代文明」について根本から思索し数多くの著書をあらわしたからです。
■ 科学の正体は科学思想である
 『人間悟性論』という著述で、「言葉は人間の意思伝達の手段である」と言ったのは、英国の哲学者ジョン・ロック(1632〜1704)ですが、ロックがそう言ったからだけではなく、近代科学の祖ルネ・デカルト(1596〜1650)を初めとして西ヨーロッパに起こった科学思想が、自然界の物質や現象を測定しその法則性を解明する方法に数学・物理学を基礎学として採用したことが、言語論にとっても大きな歴史の分岐点になりました。言葉よりも数値と記号に重きをおく科学思想の時代が到来したのです。現代もその延長上にあります。
 科学というと、進歩的合理的な考え方であるとなんとなく思っている人や、科学が生み出した自然征服の技術やその結果もたらされた文明のことを科学と思っている人もいますが、科学という列車を走らせているレールは科学思想です。科学の正体は、科学思想です。
 約400年前に西ヨーロッパに始まった科学思想の特徴は、西ヨーロッパ人の自然観にあります。自然とは人間が征服し、人間の目的にあわせて奪い取り利用すべきものであるという自然観です。自然はわれわれ人間と同じ生命であるというよりも、人間が利用できる心を持たない物質であるという自然観です。その自然観から導き出された自然観察の方法が実験と測定です。実験と測定の記録を記述する方法としては、実験者の言葉を用いず、数値還元(数値化)・要素還元(記号化)を用いました。現代においては科学者当人さえも一般人も、自らが乗せられ走っている「科学思想=レール」について思索している人はほとんどいません。400年間やってきた実験測定の方法パターンを無反省に繰り返しています。しかし、この方法は強烈な成果を産み出しました。人類のほかのどの分野よりも圧倒的に発展したのが「科学・技術・文明」です。物質文明の発展の裏側で西ヨーロッパ発の科学思想は地球上をおおい尽くしました。数値と記号への信仰がもたらしたものは、われら人間存在の一番近くにある言葉とは何かがわからないという「言語忘却の病理」です。
■ 言葉が捨てられた現代
 われらは「言語論」などと言う言葉も使わず、そのような書物を読むこともなく日々生活していますが、科学・技術が発達した先進国・文明社会に住んでいればいるほど、われらは全く無自覚なうちに「言葉は人間が創ったもの」、「言葉は人間の意思伝達の手段」、「言葉も人間の道具の一つ」という観念に慣らされています。
 確かに言葉の機能の一面は、「日常語」です。自分の意志を相手に伝え、用事をはたすための言葉です。パン屋さんに行って、「このパンを一個ください。いくらですか」と聞いて、「100円です」と答えがかえってきて、パンを買えたときに、「このパンを一個ください。いくらですか」という言葉の役目(いのち)は終わります。今日では、お店のレジで商品コードを機械が読みとり計算するので、買い手と売り手の言葉の会話はいらなくなりました。言葉がなくても商品は買えるし、電車にも乗れる今日ですから、「言葉は人間の意思伝達のための手段である」という思索を通過することもなく、言葉不用の技術革新が先行してしまった、それがわれらの住む現代なのです。われらは知らず知らずのうちに、記号と数値に埋め尽くされた虚構社会(閉鎖空間)にいます。
 現代人はもう「言葉とは何か」などと考えてもいません。クレジットカードがあれば、お札も硬貨も持たなくてもいい記号社会(虚構)が、われわれの思索を待たずに既成事実化しています。
 確かに、言葉のもつ一面は日常語であり、「人間の意思伝達の手段」としての側面があります。手段としての言語は、記号やバーコードなど情報が圧縮された表記に置き換えることが可能です。記号やコードによる伝達の方が、速度・精度・情報量ともに正確で速いのです。われら老若男女みな記号依存症患者に飼い慣らされているわけです。
■ 精神とはその人に到来する言葉である
 けれども、われらの精神のなかには時間が経っても流れ去らずに、立ち続けている言葉があることも事実です。思索し、記憶し、読み、書き、おぼえて、おのれの人生を深めていく言葉があります。そうでなかったら、人間独りひとりは「自分自身」であることができません。体内を情報が流れ処理され通過していくだけならば、もはや人間ではなく血肉あるロボットです。ロボットは電気的に流れる情報処理能力はありますが、自己を唯一無二の自己として自覚し内省する「精神」はありません。
 ロックの言語論では、「言葉は人間の意思伝達の手段である」といいますが、「手段」の前には「目的」がなければなりません。「目的」をもつ主体の「意志」がなければなりません。「主体」は自らを自らと知る「精神」がなければなりません。「精神」も「主体」も「意志」も「目的」も考えられない者が、「手段」を行使することは不可能です。手段だけが独立して行動することなどあり得ません。ならば、「目的」や「意志」は言葉によらずに何に依って思考されるのでしょうか。精神とは、その人に到来する言葉のことです。言葉のない精神はありません。ロックの言語論はあまりにも稚拙です。彼には、人間の精神とは自己の内面に自らが自覚的言語的に衝突するものであるという思索が決定的に抜け落ちています。「手段としての言葉」は、言葉がもつ次元のほんの表層に過ぎないのです。
■ 言葉の深みの四つの次元
 大峯顯は言葉には四つの深みの次元があると問いかけます。@日常語、A概念語、B詩的言語、C名号、重層する四つの次元です。日常語は、生活や仕事を促進するため伝達を目的とする手段としての言語です。「このパンを一個ください。いくらですか」という言葉は、パンが買えたら役目は終わります。お店で何回も言わなくてはパンが買えないよりは、なるべくスムーズに一回で用事が伝わればいいのです。はやく役目が終わって、はやく言葉が死ねば日常生活はスムーズです。用事が一回すんだら、その言葉は死ぬ。われらは言葉の死骸の中に住んでいるのだと大峯は指摘します。累々たる言葉の死骸、一瞬一瞬ただ消費され捨てられていく言葉の残骸の中に日々暮らしながら、安らかでありたい、幸福になりたいと願望しているのならば、一度じっくりと「言葉とは何か」と考えて見た方がいいでしょう。自己自身を見つめる「安らかな言葉」、「幸福を感じる言葉」に徹底的に冷淡な仕打ちをしておきながら、無関心のままです。おのれが死骸だらけの砂漠に置かれているとも知らずに、わけのわからぬ渇きに苦しんでいます。2018/06/21   玄章

 

 

その人の言葉は、その人の心を支配している  その三
■ 「おはよう」ってなぜ言うの?
 幼児に「ありがとう」という言葉を教えることは、比較的やさしいのではないだろうか。幼児が物をもらう。「いただいたから、ありがとうとお礼を言いなさい」、「ありがとう」。この繰り返しの躾けのなかで、幼児は「ありがとう」の言葉の使いどころを習得していく。「ありがとう」が物をもらった代償・感謝の言葉だけではなく、「有ること難し」と平和な日常への感謝であることも年齢と共にひろがっていく。言葉の深まりは、人生の深まりである。
 けれど、「おはようございます」の言葉は、「なぜ言うのか」、「いつ言うのか」、「誰に言うのか」と「おはよう」の意味と場面を理屈で説明して習得させようとしたら、大変ではないだろうか。幼児に「なぜ、おはようと言うの?」と聞かれて、わたしは何と答えたらいいのだろう。「いつ言うの。おはようって何時ごろまで?」と聞かれても困ってしまう。「誰には言って、誰には言わなくていいの?」と聞かれても、そう言えば自分も考えたことがない。だから、「おはようございます」の言葉に意味から入っていこうとすると困難なことになりはしないだろうか。
■ あいさつは心の窓の開く音
 そうだけれども、人間生活にとって「ありがとう」と同じくらい「おはよう」、「こんにちは」の挨拶は大切である。まず、わたしが幼児のそばで言ってみて、向こう様からも「おはよう」の声が返ってくる光景を聞かせてみての場面学習を繰り返すしかないのではないだろうか。芸能界や飲食業では、夕方でも出勤したとき「おはようございます」と挨拶している。なぜ、どうしてと言うよりも、そうなのである。じゃあ、「おはよう」は意味ではなく単なる符牒なのかと言うとそうでもない。
 「おはよう」は自らの心を相手に開き、相手の心がこちらに開かれてくる「心の窓が開く音」なのである。「おはよう」と声を弾ませるとき、その声はわたしに響いてわたしの窓を開く。その声は相手に響いて、相手の心を開く。言葉と言葉、音と音が響き行き交って、ぬくもりが届き合う。
 「闇」という文字は、「音」が閉じ込められた心の姿だと、わたしは了解している。太陽光も照明光も明かりであるが、音が届き合わない人間関係には冷ややかな闇が生まれる。同じ場所にいて、ものを言わない無言の関係がつづくと、次に生まれるのは「うたがい」である。「嫌いなのか」、「身体の具合が悪いのか」、「怒っているのか」、「無視されてるのか」・・・・・・、「うたがい」の妄想は次々と独りでに生産されていく。「うたがいの闇」を破るのは「音」である。「おはよう」、「いってらっしゃい」、「気をつけて」、「お帰りなさい」、ささやかな言葉の音がどれほどの安穏と明かりをもたらすことか。
■ 言葉は記号ではない
 言葉が機能するとき、「言葉=文字=意味」とはたらく場合もある。「おはよう=朝の挨拶=人間関係の生活習慣」として説明できないわけでもない。しかし、「言葉=文字=意味」が言葉の機能のすべてであるのならば、「言葉=文字=意味=記号=バーコード」にだって変換できる。記号やバーコードをセンサーに読み取らせれば意味の伝達は速い。「おはよう。今日もよろしく」の「文字=意味」だけでなく、「住所、携帯番号、アドレス、血液型、個人情報等々」、いくらでも圧縮して一瞬で情報伝達は可能である。英国の哲学者ジョン・ロック(1632〜1704)は『人間悟性論』で「言葉は人間の意思伝達の手段である」と言った。であるならば、人類は言葉の時代を終えて、記号の時代に変われるはずである。(脇道にそれるが、わたしはロックを哲学者だと認めてはいない。言葉によらない意志は存在しない。言葉がなければ目的を考えられない。思考は言葉である)
 しかし、人間が人間で有る限り、記号は言葉にとっては変われない。記号やバーコードはセンサーなどの伝達媒介を通ってプログラムを動かし、プログラムは電気的スイッチを操作して、照明装置にONを入れ、電流が流れて初めて光が灯る。10万ページもの情報を一個の記号に圧縮し送受信することもできる。しかし、記号は光にはなれない。記号や数値は、実在そのものの属性の一部を代理的に簡略し抽象するものであって、実在そのものではない。
■ 言葉はひかり
 言葉は、そのまま人間精神の光である。言葉は実在である。「おはよう」の声は、わたしに朝の窓を開き、今日の命の窓をあける。声は響いて相手の心を開く。言葉が新しい一日になっていくのである。和顔愛語は、『仏説無量寿経』の言葉である。思いやりのこもった言葉が届けられる時、言葉はそのまま光と温度と湿潤と表情をもっている。親鸞聖人は『正信念仏偈』、「光明名号顕因縁」と著しておられる。光明(ひかり)と名号(ことば)は一つである。真実は常に一つになって働いている。太陽光は、光、熱、色彩、いくつにでも分析できるが、窓から射し込む朝の光の訪れに分析はいらない。人間の創造物、機械、技術、数値、記号は、かならず二つ以上のもの(部品)や前後(時間)に分かれてしか働らかない。「記号→受信媒介→スイッチ→光」のようになる。けれども言葉は、「おはよう=ひかり」、「ありがとう=ひかり」と、言葉も音もぬくもりも同時であって、その音の響きのなかに人柄の姿さえ在る。
■ 初めに言葉ありき
 言葉は人間の創造物ではない。歴史上に現れた日本語、英語、フランス語等々の歴史言語は、人間社会の変遷とともに言葉も変化し、新しい単語も生まれて来た。百年前には「パソコン」も「ネット通販」の言葉もなかった。だが、聖書『ヨハネの福音書』に言うとおり「初めに言葉ありき」は真理である。言葉が、人間に精神を与え、世界も光も言葉と同時に生まれた。言葉こそは実在である。言葉は人間存在の根本地平である。言葉がなければ人間であることができない。われらは言葉以外の仕方で、言葉はどこから来たのかを考えることができない。言葉の海からでて、言葉以外の方法で、言葉とは何かを考えることができない。言葉のふところの最深部に人間は到達できない。言葉のふところは本当に深いのである。言葉は不思議。人間なんて言葉に勝てはしない。2018/06/20  玄章

 

 

その人の言葉は、その人の心を支配している  その二
■ 言葉には魔力がある
 講演のとき、自己紹介はしない方がいいと、わたしは思っている。場に親しむときでも、1〜2分以内とつよく覚悟を決めて船出する。天気の話、家族の話、その日のテーマに必要でない事柄は言わない。単語さえ発音しないと、自分の口から出る言葉に警戒している。わたしは、「人間よりも言葉の方が強い。人間が言葉を操るのではなく、言葉が人間を操る」と言う真理を知っているからである。
 人間よりも言葉が強い。言葉が人間の行動を誘導していく、その事実には30代の頃から気づいていた。だから、講演会などで講師が自分の力量を十分発揮して仕事を終えられるか、学識も経験もありながら低迷し空気の淀んだ講演で終わるかは、その人が登壇して話し始めて5〜10分もあれば予想ができた。
 ある時、数百人も参加した幼児教育の教師研修会に関西から著名な教授が来られて、登壇、話が始まった。講師は、その朝の伊丹空港の天気の話をして、南国宮崎はちがうと宮崎空港に着いた感想から話し始めた。5分経過。今度は自分の家族の話をした。子供が3人。長男のことを話せば、次は長女が出てくるに決まっている。次男が登場。ここでまた10分消費。
 さて、それから本日のテーマに入ろうとするが、もう話がぬるくなってしまっている。ここで、一気に垂直に切り込んで核心的な本論に入るには、手は二つ三つしかない。一つは、10〜15秒沈黙して深呼吸、一気に自分の体内の空気を入れ替えること。二つには、「今日、お話しして帰りたい講演のキーワードはA・B・Cです」と、最重要単語を口に出して、言葉の乗り物に自己を乗せてしまうこと。三つには、噺家がする作法だが、羽織を脱いだ瞬間、江戸の長屋に場面を持って行くこと。だが大学教授だから、三の手はない。彼は、講演の出だしを間違えたのである。天気の話、家族の話、しなくてもいい言葉を口にしたために、伊丹空港の気温を言えば、次は宮崎の気温を話す方向に言葉に誘導されてしまうことを知らない。彼は言葉の魔力を学んでいない。子供の一人を口にすれば、2人目3人目へと口が勝手に回ってしまう恐ろしさを知らない。そんな話をしながら、数百人の場の空気もすっかり冷め、自分自身の真骨頂からも逸脱したぬかるみに足を突っ込んでしまったことに、全く気づいていない。持ち時間が気になり始めた頃は、もう手遅れである。この講演会、わたしは会全体を運営する立場であったが、始まって5分でもう分かった。この教授は持ち時間の60分の内、最初の20〜25分はこの泥沼から脱出できないだろうと。本当にそうなった。では、後半の30分はうまく持ち味が発揮できたかというと、そうでもない。場の空気がぬるくなり、自分自身の言葉のどれが本当にお伝えしたい言葉かが分からなくなると、後はめろめろになるに決まっている。力量もあり経験もあるお方だったのだから、ご本人も不本意な結果であったにちがいない。こういうことは本当によく起こるのである。
■ 言葉は他力である 
 では、どうすればいいのか。わたしは提案する。自己紹介はしない。家族の話、天気の話、今日の講演で不必要な言葉(単語・話題)は一切口から音に出さない。そして「わたしは・・・・と思う」という切り出しからではなく、「親鸞聖人の仏教は、罪悪深重の凡夫、このわたしをお救いくださる教えです。お念仏に会えてよかった」と、最初の一分で言えたら、この講演は必ず成功する。なぜか、親鸞聖人のお言葉が次々とわたしを歩かせるからである。真実の言葉に身をおまかせできれば、他力である。
 先ほどの大学教授であれば、「今日、日本が直面している幼児教育の最重要課題は、A・B・Cです。今日は、そのことを話させていただきたいと思って参りました。まずAについてですが、・・・・」と、第一行目から発音すればいい。第一音に何が鳴るか。言葉が、最初に何を語るか、朝起きて家を出るときからその一点だけに集中出来ていれば、どんな場所に呼ばれたって大丈夫。わたしではない、言葉が真理を語るのだから。人間はその透明度を濁さないように控えておればいいのである。
 言葉の力は絶大である。最初の5分間の真実の言葉が聴衆に響いたら、あとの55分間は空気振動、会場全体の共鳴音がひっぱっていく。だから、何を言うかも大切だけれども、雑音は決して口に出さない覚悟、音にしない言葉への警戒心も「講演」なのである。脇道、不要な枝葉を断つ。不要な音を聴衆の耳に入れない「鳴らさない音」も講演なのである。これは、一膳の料理にも絵画や音楽にも通じている。不要な味や色がメインディッシュにまで残響して濁すからである。
■ 言葉は迷路にもなる
 この注意力は、人の話、たとえば相談者の言葉を拝聴するときにも通じる。相談におみえになって話し始められる来談者の言葉の「最初のどの言葉」をもっとも大切に聴くか、聴き落とさないかということが、面談全体を支配してしまう。枝葉の言葉に応答したら、来談者はその言葉に誘導されてしまう。彼は自己自身の深層につながる言葉への歩みを断たれてしまうのである。来談者と傾聴者、ふたり共々に迷走し沈没していく。2018/06/19 玄章

 

 

その人の言葉は、その人の心を支配している その一
■ 言葉への信頼と敬愛の忘却
 「その人の言葉は、その人の心を支配している」、「その人の言葉は、その人の心そのものである」、「その人の幸せは、その人の言葉が語る」と言ったら、あまりに断定的なもの言いであると非難されるかもしれません。現代人にとって、言葉とは意思伝達の手段、生活のための道具と思われているからです。
 言葉への敬いと信頼が下落し始めたのは、人類史上では今から400年前頃からです。「言葉は人間の意思伝達のための手段である」という考え方がひろがったからです。もう一つは、人類史上科学が発達してきたのがこの400年間ですが、科学の思考方法は、自然界にある物質や現象を観察するにあたって、数値や記号に置き換える「数値還元・要素還元」という方法によって成り立っています。大自然への驚嘆を、詩・絵画・音楽・舞踊など言語表現や芸術によってあらわしてきた人類の営みが、そのような自然把握は曖昧(あいまい)であり、個々人の主観にかたむくものだから信頼できないとして、だれがいつ測定しても実験しても変わらない数学的法則性だけを信頼できる方法として選択したのが、自然科学発達の歴史です。自然科学の根拠となったのは数学と物理学でした。当然、人間の思考は単純化高速化され、この400年間めざましく発達したのは、科学そして技術です。(この問題の考察は後日にゆずりましょう。)
 そこで人類は地球規模で、言葉への信頼と敬愛を忘却しうしなう方向へ歴史をかさねてきたのです。めざましく発展をとげた科学と技術、政治と経済、医療と福祉、生産と消費の現代人の生活は物質方面だけでなく、精神の安定、心のひろがりやゆとりまでも実現できたかというと、決してそうではありません。
 人間は、人類の一員であり、国家の国民でもありますが、なんと言ってもたった独り生まれ、たった独りの成り代われない精神(こころ)をもち、たった独り老病死する宇宙にたった独りの存在です。その人間の精神(こころ)を動かし、その人の心をそのように日々刻々成り立たせているのは言葉です。人間がみずからをふりかえるとき、みずからの言葉によるほかありません。「はなす、きく、かんがえる、おぼえる、おもいだす、感情をととのえる、よろこぶ、かなしむ」、人間の精神のどんな場面であっても言葉のない在り方など存在しません。人間は、表面上は衣食住の生活があり日々回転しておりますが、言葉の支えなくしてはそれさえも崩壊するのです。
 宮崎県えびの高原硫黄山の噴火で、麓の長江川に環境基準を大きく超えるヒ素が流出し、今年の田植えができなくなりました。だれもまだヒ素の河川水を飲んだわけではありません。しかし、「河川の水質汚染、環境基準を大きく超えるヒ素検出」という報道の言葉で、地域一面の田んぼが休耕に追いやられたあの現象(当然の判断ですが)は、いかに言葉が強力であるか、いかに人間生活を根底からささえているものは言葉であるかを思い知らされます。「ヒ素」という言葉が重くのしかかっている間、田植えができないのです。その地域住民の方々の心痛はたいへんなものです。(一つの事例としてあげました。)
 世界の歴史の歩みは、経済至上主義、能率と価値の追求こそが幸福の実現と信じて(信じさせられて)きた競争社会ですから、ますます言葉軽視へ、数値と記号重視へと加速することでしょう。でも、なにか人間独りひとりは、生きている心地がしないのです。自分がたしかに自分を生きている実感に出会えないのです。なんともいえない気分は、「不安・孤独・空虚・退屈・倦怠」、つまり「もやもや」です。
 この「もやもや」の正体は何かというと、雲の上を歩まされているような不確かさです。肉体の両足が大地についているように、われ独りの人間存在の心の大地、ゆるぎない帰依処がないのです。心の大地となるのは時代を超えた永久不変の真実の言葉です。われら人間存在をかくあらしめている神も仏も、言葉のなかに住んでおられます。人類は、人種を問わず、民族を問わず、その真理を知っておりました。どの民族をたずねても、固有の昔話、伝承されてきた物語を持っていました。現代人は、すっかりかしこくなって計算上手になりましたが、わたしがわたしを生きる物語を喪失したのです。人生物語から永遠へとつづく物語が見えなくなった人生は、帰るべき故郷を忘れて彷徨う砂漠です。現代は、身も心も渇ききってしまった夢遊病者の時代です。 2018/06/18 玄章

 

 

 今日、8月に友人たちとおこなう「宗教哲学講座 帰命塾」のご案内を発送しました。昨日もその作業をしていると、温泉仲間のUさんが訪ねてこられて、「玄章さんの玄の焼き印が見つかったよ」と届けてくださいました。あちこちの手作り道具市に自分も木工製品を出品されるUさんに、「玄」か「正」があったら買っといてください、と頼んだのは半年以上もまえです。覚えていてくださったのです。わたしの工作のワンポイントマークができました。なかなか品のいい字体です。Uさんも、「玄」っていいよね、と喜んでくださいました。
 「宗教哲学講座 帰命塾」のコーナーに掲載しました、「宗教哲学への誘い」の文章を書くのに5日かかっていたので、やっと解放されて、明日からは木材小屋の片付け掃除です。今夜は早く眠れます。よかった。焼き印、うれしいです。Uさん、ほんとうにありがとう。2018/6/13 玄章

 

 

■ 宗教の本質は、人間を出発点とはしないのです。
  仏教には、「教 行 証」があります。「教 おしえ」と、「行 ぎょう」と、「証 さとり」です。世界中に様々な宗教がありますが、行があるのは仏教だけです。神の宗教にも、神の教え(命令)に従う掟(おきて)、生活規範、戒律、実践はありますが、厳密な意味においては、それは「行」ではありません。神は天上界にあって人間を見おろし支配する裁きの立場であり、人間はその下にひれ伏しおそれ敬って、生活の中で神への誓いを果たそうと努めるのです。これも宗教的実践ではありますが、神と人間は二極に分かれ永遠に対立したままです。
 仏教でいう行とは、仏(永遠)と人間の境界がなくなること、なくなっていくことです。神の宗教とは、ここが決定的に違います。神の宗教では、死んで後も裁き(審判者)と罪人(人間)の境界がなくなることはありません。
 仏教の行においても、行は二つに分かれます。一つは、人間がわが心、わが能力、わが人生を根拠とし出発点としながら勤め励む行です。いつも「わたし」を出発点として、むこうの仏さまを追いかける修行ですから、自力の行といいます。迷い苦しむ自己と、さとりの座にまします仏さまは分裂しています。追い求める自己と、追いつけない自己との自己分裂の闘争です。見た目には、この苦闘はほんとうにさとりを求めるきびしい行のようにも見えます。しかし、最初の設定がまちがっています。最初の方程式がまちがっているのだから、答えは支離滅裂、行き先は四分五裂、完全決着には到りません。
 そもそも、宗教の本質は人間を出発点とはしないのです。宇宙全体をご覧ください。太陽の光は、熱となってわが身(人間)をあたため、わが身を貫通しております。太陽の光がなければ、地球は死の世界です。太陽の光は、草木・野菜を育て、食物となってわが身の血肉となり、われ自身となっております。空気は、自在にわたしに出入して、わたしと微塵の隙間もありません。水は、わたしに命令もせず、ゆるしを請えと要求もせず、わが身にはいって命を潤しています。熱も光も空気も水も草木もみな無我となって、われらの生命になりきっているのです。(身近な比喩で言いましたが)ここにもう一つ全く逆方向の行のあり方が見つかります。
 行とは、永遠自身、仏さまそのものの全身全霊が、わたし(人間)の全身全霊五臓六腑のこの身を今現在とおっていることです。仏さま(永遠・如来)そのものが自らの全身をめぐみあたえ、 仏(永遠・如来)と人間の境界をなくしてしまうお仕事を、仏さまがなさる行です。このことを親鸞聖人は、「大行とは、すなはち無礙光如来の名を称するなり」と示されました。無礙光如来とは南無阿弥陀仏の別名です。人間を出発点にしない、阿弥陀如来の仏願仏心を根拠にする行だから「大行」と仰がれたのです。永遠自身がこの身をとおるとは、どういうことでしょうか。「なんまんだぶつ」と声となって、わたしにとなえさせてとおるのです。これは仏さまのはたらきです。独りのとき、お仏壇に手をあわせるとき、「なんまんだぶつ」と声をだしてみてください。あなたは永遠の念仏の行者になるのです。2018/6/10 玄章

 

 

■ スジャータの村
 海外の奥地・僻地にすむ日本人を訪ねていくテレビ番組で「スジャータの村」が紹介されました。インド・ビハール州にお釈迦様が35才で悟りをひらかれた聖地ブッダ・ガヤ(ブッダ=さとり ガヤ=むら)があります。尼連禅河(にれんぜんが ナイランジャラー河)を渡って少し行くとスジャータの村です。村の名前は別にあるのでしょうが、「スジャータの村」という呼び名が世界中に有名です。
 お釈迦様は29才でお城を捨て王位も家族も捨てて出家されると6年間の苦行時代を送られました。断食・不眠不休・あらゆる苦行の果てにブッダ・ガヤの菩提樹の木の下で骨と皮になってやせ細った修行者の前を村娘スジャータが通りかかります。スジャータは村の長者の娘でした。娘は修行者に歩み寄り言います。「尊いお坊さま、そんなに身体を苦しめてどうなさるのですか。あなたの目的は悟りをひらくことであって、身体を苦しめることではないでしょう。このままでは目的達成よりも前に身体が滅びてしまいますよ。わたしのおかゆのお布施を受けとってください」。村娘が修行者に申し上げたのは、学識でも理論でもなく、平常心の生活の言葉です。娘は急いで家に帰り、乳粥を炊いて修行者にさしだしました。娘の言葉は、シッダールタの胸に響きました。「そうだ。わたしは間違っていた。苦行が目的ではない。肉体を保つための煩悩が敵なのではない。苦行にかたよらず快楽にひたらず中道を行こう」。シッダールタはスジャータの乳粥をいただき、身体の衰弱もだんだん回復してきました。苦行に耐え忍び追い詰められていた心身はのびやかな自然体をとりもどしました。シッダールタはナイランジャラー河にはいり、のび放題の髪もひげもそり垢もおとしすっかり清潔清楚になられると力がみなぎり、もう一度菩提樹の下に坐られました。そして35才、12月8日暁、ついにさとりをひらかれブッダ(覚者)になられました。
 スジャータのおいさめがなかったらシッダールタは苦行の果てに死んでいたかも知れません。仏教は、苦行主義とは訣別して始まりました。人間が人間の能力を延長して「永遠=さとり」を捕まえにいく愚かな限界性を内省したのです。さとりは人間の能力の延長拡大ではなく、人間の弱さ・愚かさをとことん見つめる深い内なる超越からひらかれていくものです。苦行を妨げる煩悩(よく・いかり・ぐち)を敵として闘うことの誤りを乗り越えて、仏教はひらかれました。「スジャータの村」、「スジャータの乳粥」が世界中に有名なわけがおわかりいただけましたか。生協には「スジャータ」というパック入り牛乳も売っておりました。なんとなく、にっこりしました。2018/6/7 玄章  ブッダ・ガヤの紹介

 

 

■ 永遠の仏心はどこにあるのでしょうか。
 天台宗総本山 比叡山延暦寺には、「常行三昧 じょうぎょうざんまい」という修行があります。人間の生命維持にとって極限の不眠不休不臥不食不飲の状態で不断念仏しながら阿弥陀仏像のまわりを歩きつづける修行を行じて、ついに行者の眼前に阿弥陀如来の姿を見仏するという修行です。修行の期間は90日間(途中に休養期間を置く)です。見仏三昧に到達する行者はまれだそうです。経典に書かれている阿弥陀如来の仏身は、32相80種好(随形好)と言って、われら人間とは大きく言えば32相の姿の特徴が違い、さらに細かく見ると80種の違いが加えられております。このお姿をつぶさに余すところなくそのまま見るという境地に到達することを目的とした修行です。
 ここでわたしはいくつかの疑問を感じます。
まずもって、
 一、絶対無限の永遠の大生命である阿弥陀如来は、法性法身と言って、色もなく形もなく姿もなく言葉も絶えているのです。阿弥陀如来の本質は大生命そのものです。32相80種好(随形好)という形に表現された仏身は「方便 ほうべん 衆生を導くための手だて」であり、阿弥陀如来の属性(付属する部分の表現)でしかありません。
 二、永遠の大生命である如来は、人間があらゆる事物の存在を認識する大前提だと思っている「時間と空間」を超越しています。自然界も宇宙も国家も歴史も自然科学も人間の生死も「時間と空間」を前提として成り立っています。しかし、キリスト教の神という概念も、仏教の如来という概念も、天国も極楽も、われらの「時間 空間」の幅の中にあるものではありません。極楽は死後にあるというのも「人間の時間」を基準にしているもの言いです。超時間・超空間の如来にとっては前生・今生・後生(前の世・今の世・後の世)もへだてはありません。始まりもなく終わりもない永遠が如来の生命世界です。だから、見ることができないというのが如来と人間との本来の関係なのです。人間が見たり、聞いたり、思ったり、計ったり、比べたりできる知性のことを対象智(分別智)といいます。科学も対象智(分別智)です。宗教の本質は、対象的知性を超える非対象智(無分別智)というところにあります。ですから、こちらに修行する行者(主体)がいて、向こうに阿弥陀如来(客体)の映像が現前するのが悟りであるという仏教観は、人間の執着心の極みです。行者(主体)と如来(客体)、人間(迷い)と仏心(悟り)という2元の対立関係の上にどのように阿弥陀如来を置いてみても所詮は人間の小さな手のひらですから、永遠をつかまえることはできません。
 三、法華経をはじめとする自力聖道門の仏教観は、人間(修行者)の能力・意志力・智力・体力を出発点とします。お釈迦様が6年間の苦行をなさった苦行主義を模倣しておりますが、お釈迦様は自らの非を悟って苦行を捨てられたことを忘れています。苦行にしがみつくことも執着心であり我慢・慢心なのです。小さな杯に大海を入れられると思っているのですから。
 四、そして前述の修行には、日常性がありません。朝起きて顔を洗い、空をあおぎ、お茶を飲み、仕事をして家族とともに生きるという普通の生活がありません。期間限定の修行の中で、見仏体験が出来た出来なかったと励んでいるのは、一種の競技場の中のアスリートのようです。非日常なのです。
 五、阿弥陀如来は永遠の大生命です。絶対無限の仏心です。われらが寝ていても忘れていても、怠けていても煩悩だらけの日暮らしでも、仏心の外に出ることはできません。われらが息をしているとき、空気の赦しを請うているでしょうか。われらが空の下を歩くとき、太陽を捕まえようとするでしょうか。息を吸い、空の下を歩く、ただそのままに歩き暮らす、心身ともに自然体の日常性から離れたところには宗教も悟りもありません。修行そのものが人為的にこさえあげられた虚構なのです。法華経を頂点とする修行仏教の限界性は、そんな修行は万人に一人もできないじゃないかという人間の能力の側にあるのではなく、永遠のとらえ方が全く間違っている仏教観の出発点にあるのです。
 六、世界中には、神の宗教、仏の宗教、数え切れない教えがありますが、煎じ詰めれば二つしかありません。一つは、人間存在を出発点として、人間の能力から永遠に歩みだそうとする宗教観です。人間の人生に様々な掟や戒律や生活規範や到達目標を課して、神仏の領域に近づこうとするものです。
 二つには、永遠そのものが自らを名告り、自らを表現して、永遠自身をすべての生きとし生きる者に恵み与えるという宗教観です。人類にあらわれた宗教の最終的究極的完成形は後者です。なぜそう断言できるかと言えば、太陽の光も、山河大地も空気も、一木一草もみな一瞬も休みなくわたしを生かし、わたしに成って働いています。光、空気、温度、食物、地水火風空、すべてです。この宇宙全体の行に比べたら、人間の自力の修行などなんと小さいことでしょうか。われらは宇宙の大行の中にあり、全宇宙が姿を変え、形を変えながら、われと一つになってわれを救う大運動の中に今在るのです。2018/6/5 玄章

 

 

■ 言葉を知らなければ、物は見えない。
 「言葉は存在の家である」とは、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーの言葉です。わたしなりにひらたく言えば、ハイデガーの言葉の意味は、絶対無限者(神)は言葉の中に住んでいるということです。神の言葉によってしか、神に会うことはできないということ。もう一つは、言葉がなければ、人間は物に出会うことも、物を知ることもできないということです。
 わたしは木工作業が趣味の一つです。厨房の包丁立ては、無節のスギの板目で作り、包丁同士の仕切りはビルマチークの正目板を使いました。チークは船の甲板材にも使われるように水に強いのです。舟形流し台にまな板台があったら、野菜を切っても切りくずはまな板からそのまま流し台に落とせます。魚屋さんが魚をさばき、三枚におろすときのやり方です。まな板台は、屋久島の数百年も経った屋久栂(とが 針葉樹)の幅広い板で作り、木表の模様を上にしました。明日が組立です。
 さて、ここで「スギ」、「ビルマチーク」、「屋久栂」という樹木の名前を言いました。板材は、木目が波紋のように現れているのが「板目 いため」、縦じまがあらわれているのが「正目 まさめ」です。おなじ樹木の丸太からの板取りの仕方で、木目の出方が変わります。「板目」の木でも、丸太の芯の側のことを「木裏 きうら」、丸太の表皮の側のことを「木表 きおもて」と呼びます。「樹木の名前」、「産地」、「板目と正目」、「木裏と木表」、・・・・・・ これらの言葉を知っている人は、木造建築を見たら、一瞬でそれを見、仕事の善し悪しも見ています。けれども、言葉を知らない人は、樹木も産地も木材の使いようも全く見ていません。眼の前にあっても見えていません。視力も脳も、その物をその物として注視していないのです。これは草花を見るときも、畑の作物を見るときも同じです。われわれは自分が今住んでいる世界がどう見えているかというと、10人が10人見え方が違っているのです。言葉がなければ、ただぼんやりとした風景を見ています。一つ一つに心が注がれたり、出会ったりということが起こらないのです。言葉をとおして、物を見、物を知り、言葉の世界の中でわれらは生活しているのです。たとえば、新幹線に乗るときも、鉄の塊の物体に身をまかせて乗っている訳ではありません。「鹿児島中央駅発」〜「新大阪往き」〜「さくら 570号」という名称(言葉)をよく確認して、この名称(言葉)を信じたから安心して乗っているのです。高速道路を車で走るときだって、標識の行き先案内(目的地名)を見ながら路線変更をしています。言葉に身をまかせ、言葉の乗せられて旅をしているのです。おわかりでしょうか。「言葉は存在の家である」というときの一つの意味は、われわれ人間は、言葉の世界に住むことによって初めて、世界を認識し、行動出来ているということです
 では、「絶対無限者(神)は言葉の中に住んでいる。神の言葉によってしか、神に会うことはできない」とは、どういうことでしょうか。つづく。2018/6/1 玄章
追伸:出来上がった「包丁立て」と「まな板台」は、写真でお見せしますね。お楽しみに!

 

 

041■ 「言葉は存在の家である」マルティン・ハイデガー
 われわれは言葉の海に漂っています。欲の言葉、愚痴の言葉、いかりの言葉、ねたみの言葉、いったいこの言葉はどこから生まれ、どこへ消え去っていくのでしょうか。テレビの言葉、新聞の言葉、ネットの言葉、洪水のように言葉が毎日押し寄せてきますが、三日前に聞いた言葉もほとんどは流れ去って覚えてはいません。日常生活で行き交っている会話の言葉は、用事を伝達するための言葉であって、用事が終わったとたんもう役目は終わります。パン屋さんで「このパン下さい。いくらですか?」、「はい、100円です」とパンを買った時に、「パンを下さい」という言葉の役目は終わったのです。用事が一つすめば、言葉が一つ消費され、言葉が死骸に変わります。街中の景色は、言葉の死骸です。現代社会は、インターネット社会、高度情報社会だと言われますが、言葉の寿命という見方で言うならば、言葉の短命社会です。ネットでもバラエティ番組でも、つねに新しい情報、新しい刺激が増産されて、人々はその言葉に飛びつき、刺激性がなくなった言葉は、「もうそんな情報は古い」とばかりに冷淡に捨てられていきます。現代人は、広く浅くものを知っているのであって、心がたちどまれる言葉、自己のいのちの深淵にしみこんでいく言葉を失いかけているのです。
 「なんだか落ち着けないなあ」、「なんだかイライラするなあ」とはなんとなく分かっていても、外見だけをとりつくろいながら心が上滑りしていくのは、端的に言えば、言葉の生活が浅いからです。自己自身に垂直に貫通する言葉に出会わないまま、人生の時が過ぎているのです。おそろしいことです。もう少しつづけて、阿弥陀如来が人間に与えてくださった言葉「南無阿弥陀仏 なもあみだぶつ」の名号について語ってみます。現代人は、心が本当に帰る言葉を知らない「家なき子」です。2018/6/1 玄章

 

 

■ わが名をとなえよ。われ自身を汝にあたえる。
 阿弥陀如来の本願が説かれた経典を、浄土教といいます。浄土教は、阿弥陀如来が迷い苦しむ放浪流転の一切衆生をすくい、阿弥陀如来の仏国すなわち極楽浄土に生まれさせ、如来自身とおなじさとり、おなじ永遠の生命を与えようと誓われた48願が中心です。衆生(われら人間)に先だって、阿弥陀如来が苦悩の人間存在を自覚し、衆生救済の願いを起こされました。そして、阿弥陀如来は自らの誓いが完成したあかしに、如来の名前「名号」を衆生に与えました。「南無阿弥陀仏 なもあみだぶつ」の名前です。「わが名をとなえよ。われ自身を汝にあたえる。わが仏願仏心は汝の声となり、汝の五臓六腑を貫通し、汝の無明煩悩の最深の闇を破るであろう。汝の闇を破り、光をともすのは声となった念仏である」、とおおせられたのです。
 人間がつとめ励む自力修行仏教の不完全さを超越して、阿弥陀如来ご自身、仏さまそのものの全身全霊がわたし(人間)の五臓六腑のこの身をとおる大行が完成しました。。阿弥陀如来が自らの全身をめぐみあたえ、仏(さとり・永遠・如来)と人間との境界をなくしてしまうお仕事を、仏さまがなさるのです。
 仏教の教えを聞くということは、阿弥陀如来の名号を聞くこと、聞名にきわまります。仏教の教えを聞くといっても、聞いた内容を理解する力も人間まちまちです。どんな感動的なお説教も時間がたてば忘れます。生き死にの土壇場では、頭でおぼえたお話など出ては来ません。頭は、わたしをすくいません。頭は、ちっともわたしを楽にはしません。次々と妄念妄想を想い描き、果てもない心配の種をまき散らすのが頭です。仏法は、頭の教えではありません。汝の頭は信用できない。だから、仏法には「行」があるのです。「お坊さんのお話」を聞くのが聞法ではありません。お説法をとおして如来の呼び声を聞くのです。阿弥陀如来は、直接、無媒介に、不純物を一切まじえず、仏さまご自身のすべてを名号(名前)にこめて与えられます。
 「なんまんだぶつ」とお念仏申しましょう。今日から、日々に仏さまをもらう人生が始まります。それとも、最後には何一つあてにならなかったという人生最後の絶望の崖っぷちが突きつけられるまで不信心の放浪流転を続けますか。とうとう最後の帰依処(帰命)が見つからなかった人生を、「空過 くうか むなしく過ぎ去った人生」といいます。2018/5/31 玄章
 追伸: 昨日で厨房:滴水庵の改装掃除がほぼ終わりました。食器棚まで、全部食器を持ち出して洗浄整理し、ガラス戸もみがいて、ピカピカになりました。やったあ。これでフレッシュ6月のスタートです。毎日くたくたなので、ほんとに夜はよく寝ます。きれいになった厨房で、今日は娘たちが幼稚園の母の会の調理実習です。ミキサーを使うというので、昨夜は久々にミキサーの試運転もして、故障してないのを確認しました。まったくもう、これが自分です。自分へのお付き合いのことを煩悩といいます。グッタリ!

 

 

■ 称名念仏  永遠がわが身を貫通する
 仏教には、「教 行 証」があります。「教 おしえ」と、「行 ぎょう」と、「証 さとり」です。世界中に様々な宗教がありますが、行があるのは仏教だけです。他の宗教にも、神の教え(命令)に従う掟(おきて)、生活規範、戒律、実践はありますが、厳密な意味においては、それは「行」ではありません。神は天上界にあって人間を見おろし監督する裁きの立場であり、人間はその下にひれ伏しおそれ敬って、生活の中で神への誓いを果たそうと努めるのです。これも宗教的実践ではありますが、神と人間は二極に分かれ永遠に対立したままです。
 仏教でいう行とは、仏(永遠)と人間の境界がなくなること、なくなっていくことです。神の宗教とは、ここが決定的に違います。神の宗教では、死んで後も裁き(審判者)と罪人(人間)の境界がなくなることはありません。さて、その仏教の行においても、行は二つに分かれます。一つは、人間がわが心、わが能力、わが人生を根拠とし出発点としながら勤め励む行です。いつも「わたし」を出発点として、むこうの仏さまを追いかける修行ですから、自力の行といいます。迷い苦しむ自己と、さとりの座に鎮座まします仏さまは分裂しています。追い求める自己と、追いつけない自己との自己分裂の闘争です。見た目には、この苦闘はほんとうにさとりを求めるきびしい行のようにも見えます。しかし、最初の設定がまちがっています。最初の方程式がまちがっているのだから、答えは支離滅裂、行き先は四分五裂、完全決着には到りません。
 そもそも、宗教の本質は人間を出発点とはしないのです。宇宙全体をご覧ください。太陽の光は、熱となってわが身(人間)をあたため、わが身を貫通しております。太陽光がなければ、地球は死の世界です。光は、草木・野菜を育て、食物となってわが身の血肉となり、われ自身となっております。水は、わたしに命令もせず、要求もせず、わが身にはいって命を潤しています。光も水も草木もみな無我となって、われらの生命になりきっているのです。ここにもう一つの行のあり方が見つかります。行とは、永遠自身、仏さまそのものの全身全霊が、わたし(人間)の五臓六腑のこの身をとおることです。仏さま(如来・永遠)そのものが自らの全身をめぐみあたえ、仏(永遠・如来)と人間の境界をなくしてしまうお仕事を、仏さまがなさる行です。このことを親鸞聖人は、「大行とは、すなはち無礙光如来の名を称するなり」と示されました。無礙光如来とは南無阿弥陀仏の別名です。人間を出発点にしない、阿弥陀如来の仏願仏心を根拠にする行だから「大行」と仰がれたのです。
 どうぞ、日々いつでもどこでも、「なもあみだぶつ」と声にとなえてみてください。称名念仏です。いくら尊いおしえでも、教えを聞いておぼえてみても、教えと我が身の現実は分裂したままです。分裂したまま安らかになりなさいと言ってみたって無理な話です。どんな尊い説法も知識もただの観念論です。煮ても焼いてみ食えやしません。「なもあみだぶつ」のお念仏ただ一つが、煩悩がさとりに溶け、さとりが煩悩に溶けていく、もっともすぐれた、もっともやさしい行なのです。どうぞご自身の数十年の人生のわが身、よろこび悲しみのわが身、老病死の逃げ場のないわが身をとおして、「なもあみだぶつ」のお念仏が通るか通らないか、自分のどん底の心の沈殿汚泥まで貫通するかしないか実験してみてください。わが身をとおさない知識は飾り物です。宗教ではありません。2018/5/30 玄章
 追伸:5月、一ヶ月かかった厨房:滴水
庵の改装・掃除が今日おわります。木製棚を作ったり、包丁立てを作ったり、油汚れをふいたり、排水溝掃除をしたりしました。昨日は、軽トラックに不燃物を積んで廃棄場へ運びました。あともう一歩。がんばれ、自分!

 

 

■ 帰命ということ
  「正信念仏偈」は、第1句「帰命無量寿如来 きみょう むりょうじゅにょらい」で始まります。「帰命 きみょう」という言葉は、帰順とも、帰依とも言い換えることができます。「うやまうこと。信じること。おまかせできること。最後にかえる依りどころ。安心してしたがえること。ありがとうございますとお礼すること」を意味します。帰命とは、われらの人生の最後の最後のたより、全身全霊の自己が安心して帰りつける生命の故郷をあらわします。永遠の生命の親である阿弥陀如来が、「おまえの安心の家がここにある。まかせよ、必ず帰って来なさい」と呼んでくださっているのです。親鸞聖人は、「帰命は、本願招喚の勅命なり」とおっしゃっています。阿弥陀如来が、わたしを目当てに、「必ず救う、すっぴんのまま、そのまま今すぐ帰って来なさい」と呼んでくださるそむくにそむけない絶対命令であるということです。われわれは日々人生を生きておりますが、本当の心の家がないのです。心は散乱してじっとできないのです。身体は、毎夜おなじ寝具にねて、おなじ枕に頭をまかせておりますが、心の想いは毎日毎夜かけめぐっております。法然上人は、「わたしの心は、森の枝々を飛び回り一瞬も落ち着けない猿のようである。一心しずまりがたし」と自己を嘆かれました。わたしたちの日常には、よろこびのときも、悲しみにしずむときも、どんなときもそのまま帰っていける人生の最終決着駅がどうしても必要なのです。阿弥陀如来の「そのまま帰ってこい」の呼び声に、「はい」と返事をします。「なもあみだぶつ」のお念仏です。その時、放浪流転の人生が、永遠の親にはいと返事が出来る故郷の人生に変わるのです。お念仏申しましょう。2018/5/29 玄章

 

 

■ 「仏教サロン すっぴん」 開講のお知らせ
6月24日(日)14:00〜17:00  都城市天神町2−12 「もとギャラリィ212様」をお借りして、「仏教サロン すっぴん」を、毎月第4日曜日に開講します。アミダネットに「仏教サロン すっぴん」のページをもうけて、お知らせしていきます。
■ 仏教サロンの名称は、「すっぴん」にしよう!と言葉が来ました。「素」、「普段着」、「気負わず」、「飾らず」、「そのまま」「自分の言葉で」、「お楽に」おいでください。わたしも、そうお迎えします。宗教を、仏教のA面もB面も、スッピンで語りましょう。栗の実は、「イガの姿」も「固い皮」も「渋皮」も「甘い果肉」もみなスッピンです。スッピンだなんて嫌だという人は、バッチリ極め決めでどうぞ。どう転んでもスッピンです。愛おしい人生と仏法を語りましょう。どなた様でもお楽にどうぞ。ご参加お待ちしております。ご参加無料。2018/05/25 玄章
■ 正定寺門徒厨房 「滴水庵」の模様替えを、朝も昼も晩もしておりました。平成2年に住職を継職して、平成4年に一棟建ての厨房を設計して建てた「あの時の夢」が、まだ途中です。いっしょに食べ物を育て、調理し、分かち合う喜びは、人間生活の大地です。6月1日、改装オープンします。今は最後の仕上げで、換気扇フードと換気扇の油よごれの大掃除してます。あと、もう一歩! がんばれ、自分! 

 

 

■ 仏教サロン 開講のお知らせ
6月24日(日)14:00〜17:00  都城市天神町2−12 「もとギャラリィ212様」の店舗施設をお借りして、「仏教サロン」を開講することになりました。アミダネットにも、「仏教サロン」のページをもうけて、お知らせしていきます。■ 連載「生命の海へ」は、「一日一語 いのちの窓」のコーナーでつづけていきます。2018/5/18 玄章

 

 

■ 門徒厨房:滴水庵 改装中!
 今日まで、厨房の包丁立て(木工)作りでした。中華包丁・出刃包丁・牛刀・ペティナイフなど自宅の台所の引き出しにしまい込んでいたものを、門徒厨房:滴水庵に移動しました。1) 使わないと錆びるから。2) 3才間近の孫が触ったら危ないから危険防止。3) 門徒厨房をもっと心弾む楽しい場所にしたいから。門徒厨房は、災害時の炊き出し支援活動にも使います。夏休み子ども寺子屋や白道会の皆さんのお昼ご飯づくり、夏のふれあいバーベキューなどにも使います。和食だけでなく、中華・イタめし、なんでも来い。
 だから、かっこいいキッチンに改装中なのです。もうすぐ、改装オープンします。こうご期待。2018/05/14 玄章

 

 

■ 生命の海へ: 二
 われわれの自己が常にそこに安住しながら、自己の客体的対象として認識に捉えられない存在の家があります。それは「永遠」であり「生死」であると言いました。
 では、科学では「生命」をどう見ているのでしょうか。まず科学における生命を論ずる前に、科学というのは一つの方法論なのであるということを明確にする必要があります。
 科学と宗教、科学と生命を論ずるときに、予めどちらかに優劣をつける価値判断を持ち込むことは避けねばなりません。科学には科学の方法論があります。科学の研究対象がありますが、科学が宗教を否定しているわけでもなく、宗教が非科学的であるわけでもありません。
 科学的方法論を裏付けているものは、科学思想です。科学思想は、まず人類がその時代にどのような自然観をもって自然に相対したかに規定されます。近代科学において自然は、人間が測定・分析・実験・計算が可能な物質的対象です。そして、人間が自然を支配し、利用する対象としてあります。ですから、人間(主体)にとっての自然は客体であり、研究によってもたらされる知識は、対象的知性です。
 この科学的方法論によって解明される生命とは、「生命そのものとは何か」という問いの解明ではなく、生物は非生物とどう違うかという研究になります。自然界にある物質が研究対象なのだから、当然です。ここでは人間も、自己ではなく、人体としての生命活動が研究対象となります。科学が、「自己とは何か」という問題を扱うことはありません。科学にとっての研究対象は、生命ではなく、生物です。自己ではなく、人間一般の人体の法則性です。科学者その人自身でもある人間個々の「自己」は、科学的方法論の物質的研究対象とはなりえないのです。(つづく) 2018/05/10 玄章

 

 

■ 生命の海へ: 一
 われわれの自己が常にそこに安住しながら、自己の客体的対象として認識に捉えられない存在の家があります。西田幾多郎は、七十四才の最後の論文『場所的自覚と宗教的世界観』において親しく大燈国師の言葉を引用して、この消息を言い当てております。「億劫相別 而須臾不離 盡日相対 而刹那不対」、「おくごうあいわかれて しゅゆもはなれず じんじつあいたいして せつなもたいせず」、「永遠にわかれていながら 一瞬も離れたことがない。一日中相対して出会っているのに、一刹那も向かい合うということがない」、それが永遠と自己の関係であると。

 

 それは、魚に対する海のようなものです。魚は海を見ることはできません。魚の体内の生命も海です。海なくして、魚は生まれることも死ぬこともできません。魚の外一面も海です。魚は、海に相対することも、衝突することもありません。海と喧嘩することも握手することもありません。泳いでも泳いでも海の中にある魚は、海に正対して会うということはなく、魚にとって海は、自己と不可分であり、一切の中間的媒介をとおさない不即不離の自己そのものなのです。自己と海との関係を自覚することのない魚は、永久に濡れてはいません。魚は泳いでもいません。魚は海に住みながら、海にいないのです。魚は、今ここがどこかもわからぬまま、生命そのものとなって、自由自在に生命を謳歌しているのです。
 「魚は海を泳いでいる、魚は常に海水に濡れている」というのは、魚ではないわれら人間の分析的思考なのです。
 では、われわれの自己にとって、自己を住まわせている海とは何かというと、それは「永遠」であり、「生死」であり、「言葉」であります。
 われわれの自己は、永遠の中にあります。われわれは、なぜ「時間が過ぎる」ということを自覚できるのでしょうか。われわれの内奥のどこかで「過ぎ去らない自己」を感じているからではないでしょうか。川が流れても、川底は流れないように、親しき人は死んでも、その面影は過ぎ去らないように、われわれの自己の内奥のどこかに「過ぎ去らない場所」があることを、われらの生命は知っているのです。
そうでなかったら、死をおびえるということもできません。不安・孤独という感情が届けられてくる音源もありません。われらはなぜ死をおびえ、不安や孤独の感情にさいなまれるのかといえば、どこかに安住の在処を予感し、子が親を探すように尋ねているからに他なりません。
 自己は永遠から生まれて、知らぬままに永遠の家に住み、肉体が滅びても永遠の家に帰っていきます。一音も奏でない五線譜がなければ、いかなる音符も生命の歌を響かせることはできません。歓喜の交響曲も悲哀のソナタも、無音の五線譜がなければ歌えないのです。われらの生老病死もしかり。喜怒哀楽もしかり。一切の個々の人生の栄枯盛衰も、山川草木の四季の循環もしかりです。
 われらは生と死を分けて考えます。一本の棒のように伸びた時間の上で、人間に生まれ、年を重ね病気をして、やがて死んでいく、生に始まり死で終わる生命を考えます。終わりに向かって追い立てられていく不可逆の一直線の向こうにある「死」がわれらを捉え圧迫し、自由を奪い、われらを苦しめています。生の最後の結末としての「死」、それは生命の讃歌の無残な敗北であり、生の明るい場所から意味不明の暗黒への追放です。
 しかし、その生死観はまったく有限でしかないわれらの自己の我欲が、あわれな小さな物差しで測った生命観でしかないのです。いかなる音符も五線譜を離れては存在しえないように、われらは元から永遠の家にあります。われらの小さな我の暗室が破れ、永遠への窓が開くこと、これを宗教といいます。永遠の眼から見るならば、生は死の中にあり、死はもともと生の中で完成しています。死は、生まれたばかりの赤子の命の中でもすでに完熟しています。われらは生を生きるのではなく、生死を生きているのです。生死を生きて、生死を超えていく、いえ生死を超えた家に生死のこの身このまま住まわせられているのです。ゆえに、われらにとって「海」とは、「永遠」であり、「生死」であります。(つづく) 2018/05/08 玄章

 

 

■ 仏法の形はウチワです。
  トップ法話「彼岸4」に、「仏法の形はウチワです」をアップしました。お寺でおこなわれている法話は、最終的に何を目標にしているのでしょうか。仏法の教養知識を伝えるため。浄土真宗の教義を伝えるため。宗門やお寺の方針を知らせるため。いろいろな場面があり、いろいろな法話があるでしょうが、ご門徒の実生活にその人の等身大となって仏法がはたらかないのは何故なのでしょうか。長年お寺に聴聞がよいをしても独りの時にお念仏が声にならない、中央仏教学院の通信講座まで受講したがよろこびや安らぎの実感にならない、そんな声を多く聞きます。法話者と聴聞者のどこかで接触不良が起こっていて電流が流れていないのです。
 仏法を説く人は「浄土真宗はお念仏のおしえ」と言いながら、別な話ばかりしています。そもそも、浄土仏教は「お念仏のおしえ」でも「お念仏のいわれを聴くおしえ」でもありません。仏法の教義概念を向こうにおいて信じて救われるなどと思うことは妄想です。自分の頭でこさえあげた理解や知識で救われるのであれば、仏法に「大行」はいりません。教義概念それさえも対象智・分別智・説明観念の域をでません。自分という自力の城を固めて鎧を着ているだけです。
 南無阿弥陀仏の六字の名号そのものが聞こえてくる「聞名」、南無阿弥陀仏の六字の名号が声にあらわれる「称名念仏」がその人の等身大の実生活になってはたらく姿が浄土仏教全体であって、ここをはずしては中心軸の壊れたただの教養観念でしかないのです。聴いても聴いても身にならない、どすんと腹底に落ちない法話は、ただの説明仏教です。説明すれば仏法が伝えられるという無反省な教化者意識を、わたしは「説明信仰」と名付けています。水を説明する言葉と、コップ一杯の水のどちらが喉の渇きをいやすでしょうか。観念の説明という「方法論への無自覚・無反省」が阿弥陀様のお仕事の邪魔をしているのです。仏教は集団感染、集団催眠の宗教ではありません。独りひとりが自己の人生をひきうけてたつ独立者の道、独りひとりがおのれの人生現場で「念仏もうす」、この一点の壁が破れないかぎり、仏法も飾り物なのです。2018/3/28 玄章

 

 

031■ 花曇り         
 桜の季節には決まって雨が降る。菜種梅雨という風雅な言葉も想い浮かぶが、人はせっかくの花見の季節にと愚痴をこぼす。どんな花でも、開花の時に一番多くの水を要する。花は、静かに咲くが命がけで新たな生命へと飛翔せんとしているのであろう。蕾がふくらみ始めると地中から木々も草々も大量の水を吸い上げる。乾いた大地は、雲を呼ぶ。天は動き、雲は招かれ大地を覆い、春雷を轟かす。終日の雨模様となる。これが人間にはせっかくの花見時のぐずついた雨模様に映るらしい。雨にうたれながら、花は短い花びらの瞬間瞬間を、開き、咲き、散る。花にとっては、雨も自らの生命の一つの表現であるにすぎない。花には、咲く時も散る時も、生死に境目などありはしない。生と死とに境界をたて、花と散華とに分別をもうけて、うろたえているのは、人間だけである。雨も存分に降るがよい。その一粒一粒も、花びらの精髄なのだから。玄章 1996/3/30「坐木曜」初出    (今年の彼岸法座も三日間、雨でした。)

 

古歌に、

 

 年毎に 咲くや吉野の 桜花 切り割りて見よ 花のありかを

 

年々に 花のさかりはありなめど あひ見んことは いのちなりけり

 

 

■ 春彼岸法話:現代人の人間疎外、「生きる意味の喪失の危機」
 お寺では、3月19日〜21日の三日間、春の彼岸法座です。午後1時30分始まり。20日のみ夜7時30分も。正信念仏偈のおつとめのあと、副住職&住職が法話します。わたしは、三日間、「宗教とは、いのちの全体性の回復」というテーマで話そうと思います。お坊さんは、すぐ「死んだ向こうの極楽浄土」という話をします。先日、隣寺に京都・龍谷大学文学部真宗学の某教授が呼ばれて、「極楽と地獄」というテーマで60分講演されたのですが、副住職に「どんな角度から地獄を語られるか聞きに行ってごらん。録音して私にも聞かせてください」と頼みました。帰って彼が言うには、「60分のうち40分は、平安浄土教の源信僧都が書かれた『往生要集』をベースにした地獄の話でした」とのこと。現代人の人間疎外、「生きる意味の喪失の危機」は語らなかった、語れなかったようです。この世に生きる者の精神の危機を語れない仏教は、絵空事です。聴衆はなんと思ったことか。きっとこの人の浮薄さを直感が見抜いた。人々は今の地獄を生きているのだから。
 三日間、しっとりと春雨に打たれながら、現代の地獄を語ってみます。今春は、インターネット:スカイプで、春彼岸法座を実況します。法話は、アミダネットにアップします。

 

 

■ 宗教的救いの最後の関門
 宗教的救いの最後の関門は、二つの超越によってなされねばなりません。一つは、手段化を超えるという超越です。神様であれ、仏様であれ、祈りであれ、念仏であっても、それが何か最後の救済に達するための手段であるならば、我々は称名念仏の生活をしながらもなお、阿弥陀如来の救済は肉体の死後にはじめて完成するのだという時間的未来に据え置かれていることになります。経典にどれほどの約束事が書かれてあったとしても、最終的に完成された安穏はなお未来のままです。浄土に生まれるとは、自己が一体どうなることなのかという曖昧はなお解決されません。

 

 念仏は浄土に生まれるための手段ではありません。『仏説無量寿経』の眼目を直截に言えば、寿命かぎりない光明かぎりない永遠の仏様が、「わが名をとなえよ。われ自身のすべてを今与える。永遠のわれを与える」と誓っておられるのです。仏の名をとなえる、その念仏が仏身であり、仏国土であり、往生浄土であると、阿弥陀如来みずからが名告っているのです。ここには手段の念仏も、手段の信心もありません。阿弥陀如来の側からすでに突破されているのです。この念仏をいただき、滅びない私のほんとうの名前が「なもあみだぶつ」であったと目覚め、南無阿弥陀仏になり、南無阿弥陀仏を生きるこのままのことを「即得往生 住不退転」と言うのです。「即」と言い、「住」と言うのは、「いま・ここ・わたしのまま」が如来の慈悲におさめとられたということです。

 

 二つには、二元的対象性を超越しなければ、宗教は完成しません。これはどんな宗教においても言えることです。だから、宗教には三つの形態があります。完成の宗教、未完成の宗教、虚偽の宗教の三つです。拝んでも信じても、神仏は向こうの高みにしかいない。神仏は我々の前、または外にあって、我々を見下ろすものであるかぎり、「我と仏」は二元のままです。「我と仏」は分かれたままです。我々は、神仏からさえも疎外されて不安で孤独なまま放置されているのです。
 浄土仏教において、仏を拝む、仏を信じるという念仏にも三つの形がありました。一つには、「観想の念仏」。修行によって極限までみずからの意識も感覚も研ぎ澄まし、眼前にまざまざと阿弥陀如来の三十二相の立像を見る見仏体験を追求する仏教理解です。たしかに万人にひとりも到達できないきびしい修行ですが、仏様はわたしの前・外にあって、二元的対立が解消されたわけではありません。むしろ「見る対象」という形はますます固められていくのです。日常生活のままで見仏体験ができるわけでもありません。

 

 二つには、「憶念の念仏」。経典にあらわれた浄土の荘厳や仏身の細部まで想いつづける瞑想とでも言うのでしょうか、そのような修行もありました。しかし、それとても修行者の頭の中には仏教概念の言葉や映像がパネルのように、憶(おも)い見る対象として置かれているのであって、我自身は「見る側」、仏様は「見られる側」という二元性・対象性はますます固まっていくのです。曽我量深師は「概念の偶像崇拝」という言葉で指摘しております。教義や教学をいくら学び、頭に詰め込んでも、それは「説明仏教」であって、ご本人は仏様に目覚めるよりも前にあらかじめ「説明という仕方」を盲信しているのです。わたしは25才の時、「説明信仰」という言葉に思い至りました。大学などにはあまり長くいない方がいいと悟りました。説明によって何かが領解できる、体得できるという知らず知らずの思い込みは、巧妙な迷信です。説明で信心が得られるのであれば、仏教に「行・ぎょう」は要りません。こんな簡単なことが何故分からないのでしょうか。この説明信仰(説明という仕方への信仰)に陥った方の法話を聞くほど退屈なことはありません。清澤満之師は、教義教学は電流を伝える電線であって、電流そのものではない。僧侶が信心を伝えることができないのは、電線と電流の違いを明確に見分けられないからだ、と厳しく批判しています。如来の電流は念仏となって直撃感電するのです。リンゴは食べればいい、たったそれだけのことです。

 

 三つには、「称名念仏」。我々は、いったん自分の頭の運転をやめて、「なぜ永遠の仏、阿弥陀如来は称名念仏ひとつを最後に選び取られたのか」と、仏様の心に帰って念仏往生の本願を起こされた理由を聞かなければなりません。きっと阿弥陀如来は言われることでしょう。「人間よ、お前の思考は、対象を見、対象を考え、対象を追い回すという性癖をどうしても超えられないのだ。だからお前の声となって、わたしの名前が音になる。お前の煩悩の心、煩悩の声のままに、わたしが南無阿弥陀仏となる、このほかにお前を今救う道はないからだよ」と。ただ称名念仏によってのみ、われらは自我から解放されるのです。対象性を超えられるのです。
 手段化の超越。二元性対象性の超越。この二つの壁が破れたことを信心決定というのです。むずかしいことではありません。むずかしいことはぜんぶ阿弥陀如来が解決なさって、「ただ称名念仏」を与えてくださいました。ああ、よかった。この身このままのお念仏。なんまんだぶ。なんまんだぶ。2018/3/16 玄章

 

 

■ 春の小川は さらさら行くよ  

 

  春の小川は さらさら行くよ  岸のすみれや れんげの花に
  すがたやさしく 色うつくしく 咲けよ咲けよと ささやきながら
  春の小川は さらさら行くよ  えびやめだかや 小ぶなのむれに
  今日も一日 ひなたでおよぎ  遊べ遊べと ささやきながら

 

                      高野辰之 作詞
                      岡野貞一 作曲 

 

  陽光の春が来ました。春の歌はたくさんありますが、私は「春の小川」が好きです。「春の小川」という言葉を、生も死もこえた明るいおだやかな「永遠」と読み替えてみたらどうでしょうか。永遠が、人生の岸辺に咲いた小さな命たち(私も)に語りかけるのです。歌一番、「強くなくていい。大きくなくていい。あなたの色で、あなたの姿で、あなたらしく咲いている、あなたの命が美しい。あなたがいとおしい」。歌二番、「小さな命たちよ、一番大切な時は今日だよ。わたしが守っている。抱きしめている、このぬくもりの中で、今日も喜びのいのちを生きておくれ」。宗教的感情とは、永遠を感じるこころの窓のことなのです。
 春の小川は、永遠の象徴です。永遠は、人生の岸辺に生きるささやかな小さき命に語りかけます。「愛おしい命たちよ、今日も一日、お前を守るよ。お前は今わたしの日向にいるんだよ」と。宇宙の底、世界の底は、「みなをそのまま認め、必ずすくう」という如来の大慈悲心です。如来は無限の大慈悲心の海、われらはその海を泳ぐ魚、海と魚はけっして離れません。これを日向(ひなた)と言うのです。(私の解釈です。)
 「遊べ遊べ」とは、自分を何物かの価値や能率や代償で計ろうとしないこと。上手でも下手でもいい、今を生きる営みを無償で喜べる行為を「遊び」と言います。代価を求めてする営みは、すべて仕事です。仕事は、われらが代価によって計られていく世界です。われらが世の中全体の「部分と能率」に追いやられていく存在の危険地帯です。「遊べ遊べ」とは、如来が「わたしはお前のそのままを喜んでいるよ」ということ。この永遠の如来のみ心に触れたら、「あっ、そうか。自分は自分のままでいいんだ」と安心(あんじん)をえて、人々は自らの生を愛おしみ、他の生をも懐かしむ心に転ぜられていくのです。 2018/3/16  玄章

 

 

■ 僧問う、「如何なるかこれ奇特の事」。百丈懐海禅師、「独坐大雄峰」  
 正定寺の日常勤行(3/4 10:00)で「中国に咲いた禅の華」の法話ができました。朝起きて、今日は話せそうな予感が到来したのです。鈴木大拙師が『浄土系思想論』・『日本的霊性』において、浄土仏教は、日本の法然上人・親鸞聖人の出現をえて「最後の展開」・「発達の極致」にいたったと書いているのですが、日本仏教以前の中国仏教でも数知れない祖師がたがご苦労されたのです。インド亜大陸アーリア人の人生観・自然観・生活感・身体感、すべてが織りなしてインド仏教五百年の体系があるのであって、これを異民族・異文化の中国人・日本人が受け取っていくには、たいへんな時間を要したのです。
 インド仏教の煩雑な理論や豪華絢爛な経典表現をそぎ落とさねば、仏教は中国人(唐代)の人々の精神になることも、肉体化することもできなかったのです。仏教は、一人いちにんの生死の身となり、肉体化する。その金字塔の言葉こそ「独坐大雄峰」です。数多くの仏教学者が、仏教を「思想」という言葉で表現することを若い頃から目撃してきましたが、まったく見当外れの間違いです。宗教は「思想」ではありません。「思想」は、人間の知識・経験・思索を出発点とするものであり、かならず一個人のフィルターを通過します。「人類の思想」などは存在しません。人間も山川草木も「思想」によって生まれ死んでいるわけではない、こんな簡単な宇宙の事実にさえ衝突できない学者には、「仏教は肉体化する」という言葉はわからないでしょう。信心がないのだから。でも、そんな夢遊病者は蹴飛ばして捨てて置けばいいのです。
 中国大陸において、開花し完成域に達した仏教は「禅」です。このことが厳然と定位されないかぎり、日本仏教において初めて浄土仏教が完成した、人々の生きて死ねる生活になり肉体化したということもまた了解できないのです。鈴木大拙師の巨大さと卓見に礼拝いたします。
 朝、ベッドの中でまどろみながら、そんなこと考えていましたら、今朝は「中国に咲いた禅の華 独坐大雄峰」が語れるかもしれないと、光が射しました。百丈懐海禅師がおられた山は、もと大雄峰(だいゆうほう)、お寺ができてのち百丈山。百丈懐海禅師の師匠は、馬祖道一。弟子は、黄檗希運、孫弟子が臨済義玄、まさに中国禅の大本流です。インド仏教では、僧侶は生産活動には従事せず、もっぱら托鉢によって食をえる戒律でしたが、百丈懐海禅師はこれをあらため「百丈清規」をさだめ、労働こそは尊い仏道修行の一つであるとしました。「一日作さざれば一日食らわず」は、歴史的転換点となる言葉。
 補記:住職は禅の話をなさった、と受け取られたら心外です。南無阿弥陀仏、念仏こそ寝ても覚めてもこの身このままをおさめとる肉体次元にまで降りた仏法の極致だからです。3/5 玄章
■ TOP法話 「第6話 中国に咲いた禅の華」に収録。   

 

 

■ おかげさま。ありがとうございます。アミダネット生後3ヶ月。
 2018年2月28日、アミダネットは生後3ヶ月を迎えました。昨年11月22日、母が90才で往生の素懐をとげ、介護の疲れとぼんやりとした虚脱感に漂っていたわたしは、12月の声を聞いた途端、「自分にも時間がない」という声に目を覚ましました。2017年12月1日、夜明けと同時に一念発起してアミダネットのシステム製作を始めましたのは、悲しみが癒えたからではありません。視力・聴力・機器操作力どれ一つとっても、残された現役の時間は少ないと日々感じております。なのにこの時代、仏教がなさねばならないことはなんと多いことか。一日も待てないという思いで試行錯誤し、12月12日にはなんとか胎動が始まりました。
 高知と長崎の法友にシステムモニターになってもらい、電話やメールで励ましや助言をいただきながら3ヶ月、どうやら想い描いていたアミダネットの姿に近づきました。というより手足のもがきが先、あたまは後。毎晩手が動いていたら、ああ自分がしたかった形はこれだったのかと、いま落ち着けたのです。
 アミダネットの目標は、一つには、おおくの方々に仏教を楽しんでもらいたいのです。文字を読まなくても聞こえる音声ネットにしたのは、家事をしながら法話を聞いていてくださるあなたのお姿を想像したからです。
 二つには、わたし自身が日々思索し、あちこちで言葉にならせていただいている自身のテーマをアミダネットの場で自己研磨しながら、書籍出版へ歩もうと思っているのです。「宗教とは何か」と「仏説無量寿経の根本問題」のコーナーがあるのは、そのためです。ここも珍味や型破りも楽しめる刺激ある喫茶室にしたいと思っています。
 現代日本は、宗教から遠のいた世俗化社会です。なかなか本当の宗教情報が届いていないのではないでしょうか。また、お寺や仏教通信教育にかかわっている方々からも、「説明や知識にはふれられるけれども、自己自身の生きて死ねる安心立命のよろこびにはなれない」という声を多く聴きます。アミダネットでは、これら現代のさまざまな問題を一つひとつ整理しながら、わたし自身も皆様といっしょに成長させていただきたいと思っております。やっと生後3ヶ月の乳児です。お育て下さっている皆様に、心より御礼申し上げます。なもあみだぶつ。玄章

 

 

■ 春うれし。花うれし。人うれし。
今朝、86才の M・T さんからお電話いただき、「住職にあげるといっていた梅が咲いたから見に来て下さい」、とおっしゃる。今すぐうかがいますと、途中、門徒会長の F・T さんに同乗してもらってご自宅へ参上。朝陽を浴びながらご夫婦で庭仕事をされてました。高さ4メートル、幹の太さ25センチくらいの見事な紅梅の枝垂れ梅です。大輪の八重咲きがいま五分咲きか。見上げながら、長く育てておられた愛木をくださるというご厚情がうれしく、ご本人もうれしそう。3月下旬に花が終わって、枝剪定をしたら来て下さいといわれ、あとは梅を眺めながらお茶でした。春うれし。花うれし。人うれし。玄章

 

 

■ わが心から離れたら、世界は平和です。
 「なんまんだぶ」と阿弥陀さまの名を声にとなえるお念仏が、もっともすぐれた、もっとも平易な仏道です。「どのように心をととのえてお念仏すればいいのですか」という質問に、法然上人は、「ただ何の様もなくもうせ」と言われました。自分の心などほおっておいて、「お前をそのまま救うぞ」という阿弥陀さまのお慈悲をただちに聞きなさい。阿弥陀さまの呼び声に直結しなさい、ということです。
 わが心の善かろうとも悪かろうとも、わが心は捨て置いて「なんまんだぶ なんまんだぶ」ととなえなさい。そうすれば、阿弥陀さまのふところに素直に飛び込んだのです。寝てもさめてもお念仏しましょう。わが心から離れたら、世界は平和です。玄章

 

 

■ 只のものが宝です。
 テレビ番組「お宝鑑定団」を見ていますか。女房にかくれて買い込んだ骨董品や代々伝わる家宝が、次々と専門家に鑑定されて、最後に「さあ、プライス、どうぞ!」と値段がつきます。高値がついてよろこぶ人、二束三文の値がついてしょげる人、一喜一憂の人間模様が面白い番組です。
 しかし、仏教では数えられない、比べられない、値段がつけられないものこそ宝です。「私の人生・あなたの人生」を「さあ、プライス、どうぞ」とされたら、どんなに傷つくことでしょうか。
 人間一人ひとり成り代わることのできない人生。一日一日が二度とない「最後のいま」です。これを「一大事」と言ったのです。いまが一大事と眼がさめれば、見るもの聞くもの、みな宝です。只のものが宝です。仏法こそは功徳の宝、宝の王様です。玄章

 

 

■ 鳥は卵の時に親の言葉を覚える。
 東京の多摩動物公園の園長であった中川志郎さんのお話です。
 以前は、電熱器をつかってツルの卵をあたためる人工ふ化が主流だったのが、現在では親鳥が卵をだいてあたためる自然ふ化にもどったそうです。機械にあたためられてふ化したヒナは、卵の時代から親の鳴き声をきいていないから、ヒナになってもツル特有の鳴き声がでない。ツル同士は「ツル語」で交流し語らっているのに、その仲間にもはいれず会話もできないのです。ツルの言葉を話せないそのヒナは、仲間からもツルとは見なされず、自分でも自分がだれなのかわからないのです。親鳥は、卵の時代から我が子に語りかけ、「わたしが親だよ。おまえを必ずまもるよ」と声をおぼえさせます。阿弥陀如来さまも「おやさま」です。まだ仏ではない卵の人間に「なもあみだぶつ」と親の声をきかせ、となえさせて救うのです。玄章

 

 

021■ 山に住んで、山を忘れる。
山と人間、その出会いかたに三つの姿があると思う。一つは、山を里からながめて暮らす。二つは、みずから山に登る。三つは、山に住んで山を忘れる。
 仏教は釈迦如来の教えであるとともに、わたしが仏に成る教えである。釈迦入滅後、教えの言葉は口伝され暗誦されたが、時代を経るにつれて文字化されさまざまな経典が生まれた。釈迦の教えを文字に遺した経蔵。その教えを仏弟子遺弟が解釈した論蔵。釈迦とその教団の生活規範を模倣し、みずからも実践した律蔵。三蔵その数5048巻とも言われる。
 では、日本仏教・親鸞聖人に極まった浄土仏教とは何か。538年、第29代欽明天皇の世に朝鮮半島百済の聖明王から仏教公伝、日本仏教は始まった。欽明天皇の孫、聖徳太子は和国の教主(和国生まれた釈迦如来の化身)とも仰がれた。仏教経典の最高峰といえば、中国仏教の天台智がさだめた法華経を諸経の王とする仏教体系(教相判釈)の影響を色濃く受けた出家主義・自力修行仏教が日本仏教の本流となって、奈良仏教、平安仏教へと時代を重ねた。経典の最高峰を法華経、華厳経、般若経等々とする、それぞれに立場がある。
 だが、それらの経典の判別は、山をながめる仏教なのか。山に登る仏教なのか。山に住んで山を忘れる仏教なのか、という違いに尽きるのである。この眼があれば、おのずと天台智の仏教観(そのまま人間観)に対処できる。天台智という人の器量、そして人間観の差別性を問題にしないで、無批判に法華経が諸経の王であるという見解には賛同できない。華厳経は、山登りの解説書ではあるが、誰もこのガイドブックで登頂した者はいない。法華経よ、華厳経よ、いつまでも山をながめていなさい。
 浄土仏教が説き示す教えは、我らは凡夫のままで、すでに如来の大慈悲の中に生まれ、そこに育まれ、「南無阿弥陀仏」という如来のみ名を母乳のごとく日々いただきながら暮らす。すなわち、山に生まれさせられ、山に育まれ、山を忘れ、山と一つになって生きさせていただく仏教である。登山はいらない。そのままでよい。仏教とは日常生活そのものという教えである。なぜ「山を忘れる」と言うのか。浄土仏教にも教学もあり理論もあるが、声に称える「なもあみだぶつ」ただ念仏一つが、いつでも、どこでも、わが身を離れぬ活動体の阿弥陀如来の仏身だからである。如来のほうから下山された。ああ、うれしや、なもあみだぶつ。玄章

 

 

■ 人生の時間は、自分一人の時間ではありません。
 人生の時間は、自分一人の時間ではありません。親や家族や友人にかこまれ支えられている、ともに生きている時間です。
 そう考えると、私だけの長生きを考えるより、「親・家族・あの人・この人」、自分にとって大切な人々と生きている大切なこの今、何をしたら一番悔いがないか、思い残しなく人生が生きれるかと考えるようになります。平均寿命というのは、ひとつの幻想です。2才半の孫には、今しかできない遊びがあり、親にはいましかできない親子の時間があります。濃縮された今の時間の関係の中に、人生はあります。
 「親・家族・あの人・この人」・・・・・・ と一緒に生きているバランスは、いつかこわれます。早め、早めに、思い残しなく、悔いなく、夢を、仕事を、家族への思いやりを、実行する、そう思えば、次々と人生前向きに歩めます。何よりもこの自分が死ぬのです。「仏法は急いで聞け」と言われる理由です。 
 二度と帰ってこない今日、どうぞ、ともに生きている時間を大切に!  玄章

 

 

■ お寺は一生もんの話をするところだよ。
 今日は、お寺から約1.5キロのところにある都城市立白雲中学校の生徒さん5名、校長先生はじめ先生方13名が来られました。本堂で35分の法話、門徒ホールでお茶を飲みました。法話は、草木染めの染織家・人間国宝の志村ふくみさんの冬の桜の枝から桜色の色をいただくという話から、「ありがとう」、「おかげさま」の話へと展開しました。生徒さんが眼を見張って聞いてくださったので、思っていたより自分でもよく話せました。相手次第なのです。そうこうしていたら、山田小学校3年1組の担任の先生と生徒さん30名位が町内施設見学で来られました。こちらのご案内は副住職がしました。昨年、夏休みこども寺子屋に参加した生徒さん2人がいたので、ははーん、この子たちが、「先生、お寺にも行ってみようよ。ぼく、お寺の住職さん知ってるよ」と言ったのだと思います。どちらも、ありがとう。ありがとう。よかった。よかった。
 そこで、今日の言葉は、「お寺は一生もんの話をするところだよ」です。「ありがとう」、「おかげさま」、「いただきます」、「ごちそうさま」、ぜんぶ一生もんの言葉です。古くなりません。賞味期限もありません。中学校の生徒さんに、「きみがお父さんになって、奥さんと子供たちとご飯を食べるときに、今日の話を子供にしてくださいね」と話しました。玄章

 

 

■ 砂糖だけでは、ぜんざいは甘くなりません。
  砂糖だけでは、ぜんざいは甘くなりません。ほんの一つまみの塩が甘味の決め手です。正反対のものが相依って味を良くしています。迫りくる死をひしひしと実感する人は、懸命に生きる生のかけがえのなさを実感する人でもあるでしょう。生を見つめることは、死を見つめることと同時に成りたちます。
 仏教では、「知恵」の文字をつかわず「智慧・ちえ」とあらわします。「知恵」は、「あっちの水はにがいぞ、こっちの水は甘いぞ」と、苦と楽を二つに分けて見比べる眼です。「智慧・ちえ」はもっと深く、「苦の中に楽あり、楽の中に苦あり」と見る眼です。
 子育ては苦労です。苦労しない子育てなどありません。しかし、その苦労が親の喜びでもあります。苦労が家族の情愛をむすぶ絆でもあります。苦労と喜びはいつも表裏です。砂糖と塩、生と死、苦と楽、何ごとも正反対の矛盾が織りなして、「いのちの味」は深くなっていきます。玄章

 

 

■ 所有ということを考える   
 われらは自分のいのちを所有していると考えている。生まれた日から死ぬまでの限られた時間を所有していると考えている。だから、失うのがこわい。壊れていくのが恐ろしい。しかし、いのちは大宇宙に所有されているのである。大宇宙の時間の中に一切はこぼれることなくおさめられているのである。
 大宇宙には巨大な恒星も微塵の流星もあるように、地球もわれら一つ一つの生命も、宇宙の星なのである。大宇宙の懐という観点からいえば、生もなく滅もなく衰もなく変もない。増もなく減もない。われらは極微な自分の眼、愚かな我欲の眼を絶対にまちがいのない眼と信じて疑わないから、生があり滅があり、衰があり変があり、増があり減があると心配でたまらないのである。
 宇宙の永遠の大生命を主語にすれば、「永遠の大生命が、私を、生きさせている」のである。ところがどうしても、主語を自分にしたい人間は、「私が、生きている」という。「私が、生かされている」も多少のニュアンスは違うが、自分という牢獄から離れられないという点では同じことである。主語を「わたし」にするとき、人間は大宇宙から「わたし」的存在だけをピックアップしていく。近代的自我意識とはそういう不安定な意識構造のものである。だから、不安から逃れる術がない。  「現代言語論 2006」 玄章

 

 

■ いのちは、言葉に、いのちする。岩下榮次   言葉は、心の泉です。言葉がかわくとき、心もかわきます。「私が、私を大切に生きる」ということは、「私が、私の言葉を大切に生きる」ということです。今日、おおくの人々は、言葉を用事を伝達するための手段に転落させてしまいました。用事さえすませたら言葉の生命はおわりという言葉への冷淡な態度こそは、心を養うことを忘れた人生への態度です。情報を伝達するのであれば、記号のほうが速く正確です。しかし、心を記号でうるおすことはできません。
「うれしい、かなしい、さびしい、ありがたい、………」、日々の感情をこまやかにつつむ言葉を失うとき、心は鈍感になります。折々の感情のひだを伝えあい聞きあえない人間関係は、ただ利用しあうだけの利害関係になってしまうかも知れません。豊かに丁寧に、「今の・私の・心のすがた」を訪ねていく言葉の生活は、人生において出会ってきた様々の苦悩や悲しみを、ついには熟成させずにはおかないのです。「すべての言葉は、私が私に成るための道、無駄なことは一つもなかった」と、渋柿がやがて甘味に変わるように、私を円熟の住処へと導かずにはおかないのです。  玄章

 

 

■ 「君たちは何を聞いていたんだね」、という声が深夜聞こえてきました。「死はないんだよと言ったじゃないか。阿弥陀様と一つになったいのちに、もはや死はないんだと」。そうだった。大峯先生は、死の壁さえも超えておられた。隣にたたずむ不思議な風貌には、死と自己の対立さえ超えられた空気が流れていた。旅行人山荘の廊下を二人歩きながら、「いのちが此の世のものだなんて言うから、苦しみが生まれるんですよね。いのちはもともと此の世のものじゃあないんです」と私が言ったら、「あっ、それいいね」と応えられた。いつも二人の会話はこんな風だった。さて、死んでいない師匠のお葬式に奈良まで行ってくるか。 玄章

 

 

201荘8年1月30日午前0時、奈良県吉野の専立寺ご自宅にて、わが師大峯顯先生が往生されました。89才。お通夜(2月2日18時)、お葬式(2月3日11時)は、セレモニーホール橿原(橿原市一町)でおつとめされます。行ってきます。
昨年10月27日、鹿児島県吹上砂丘荘で、お会いしたのが最後でした。20分間の会話でしたが、「先生、仏説無量寿経の根本問題について本をだします。原稿書き始めましたから、読んでください」と語りました。「内省する永遠」の文章をハガキでだして、読んでもらいました。想い出が駆け巡っています。

 

 

■ あ、そうか。今やっと人間の入口か。
 満開の梅よりも、一輪二輪咲きほころびはじめた寒中の梅が好きだ。爛漫の春よりも、霜柱の中から首をもたげた蕗の薹の苦みに春が濃い。因位の春は、まだ雪の中。冬まっただ中の草の芽の苦みに凝縮されている。

 

花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春をみせばや (藤原家隆)

 

 は千利休が愛誦した歌だという。

 

 花が開き、陽春を迎えるのは「果位の世界」である。自然界にも、因位の春があり、果位の春があるように、美意識にも人生観にも「因位の眼」と「果位の眼」がある。
 仏道において、禅家では「初発心すなわち成道」といい、浄土門では「念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり」(歎異抄)という。極楽浄土の蓮華の上に生まれ苦悩を離れきった「さとり」ではなく、「雪間の草」のごとく名もない山里に生きる苦悩のただ中の今を指さして、「今」の一点に凝縮されている人間存在の苦悩の意味の深さをこそ、み仏は懐かしんでおられるのである。私はそう思う。仏法の切れ味は、恐ろしいほどに鋭く、そして優しい。

 

 ある時、高教組の研修会に招かれ、二日連続ということで「カウンセリングに学ぶ」の講話をさせていただいた。言葉がすすむ内に、「先生方、人生に脱線という状態があるんでしょうか。不良や不登校で何ヶ月も学校に出てこない生徒は、人生脱線状態であり、一日も早く授業を受けさせ、進路への線路に乗せてあげるその手段として、カウンセリングはあるのでしょうか」、と思いがけずも話している自分がいた。
 彼(生徒)は非行や不登校だから問題解決までは脱線状態だと見る時の「問題」は第三者の眼である。第三者こそが早くこの煩わしい問題からの解放を願っているのである。彼(当人)にとっては、非行も不登校も、明日の希望も景色も見えないままに、雪間の人生のただ中である。彼(当人)は雪間の冬に何を探しているのだろうか。凍える心で何を見ようとしているのだろうか。彼(当人)の言葉をそのまま聞かせていただくしか道はないようである。

 

 希望をもって生きる人生も尊い。だが、孤独や不安や自殺願望やと底知れぬ闇をかかえてしか生きれない季節を迎えてこそ、「人間の旬」が訪れている。それは味覚の世界にも通じていく。甘みが味覚の頂点にあるのではなく、辛みや渋みや苦みが混然と溶けあう底なしの地獄が、味楽でもあり、味苦の世界でもある。光と闇の狭間、苦楽の狭間、生死の狭間、愛憎の狭間、はざまに押しつぶされそうになりながら、「因位の春」がここに在る。 私は、時々つぶやく。「あ、そうか、今やっと人間の入口か」と。 初出: 座・木曜 2003春号原稿  玄章

 

 

 

■ 内省する永遠、法蔵菩薩とは何か。
  キリスト教の神には、神の言葉を人間に伝えるイエス・キリストはありますが、これは、「神→イエス→人間」というベクトルの位置づけです。しかし、神が神自身を内省し、神の存在理由を考える「神→神自身→我は本当にこれでよいのか」という内省のベクトルは存在しません。神は、名告った瞬間もうすでに完全だから、未来永劫に自己は無修正なのです。大乗仏教の仏様の代表格は、なんといっても大日如来(毘盧遮那仏)です。大日如来は、宇宙全体を法身とする仏様で、花一輪、虫一匹にも自らが宿る伸縮自在の仏様ですから、外向きへのはたらきとしては、「大日如来→諸仏諸神諸菩薩→一切のいのちへ」と展開する仏様です。しかし、ご自身への内面への思案のベクトルはありません。これでは完成形の宗教とは言えません。浄土仏教、すなわち阿弥陀如来の救済仏教が誕生したのは、親は子を産み育てるだけでなく、親は親となってよろこび、親になって親の苦しみを知り、もっと本当の親に成りたいと願い続けるいのち、いのちそのものが根源的に活動する止むに止まれざる生命そのものの感情からだと、私は思います。浄土仏教は、釈迦入滅後に創作されたものだという学説もありますが、これにも反論します。常楽寺報恩講二日目朝席・昼席。玄章

 

 

■ 内省する永遠、それは法蔵菩薩である。
  精神が自覚的に存在しているということは、自己が自己自身に衝突しているということである。理想と現実が、自己の内奥で衝突する。愛と憎しみが衝突する。自己が自己に衝突しない者は、精神世界に存在することはできない。ただ眼前にある物を食べ、交尾して生きるならば、動物である。動物は自己の矛盾に苦しむ葛藤もなく、絶望もない。
 永遠は始めに自己自身に衝突し、語りかけた。お前は何者だ。お前は短く小さきいのちたちをを奪い、さばき、支配する者か。それとも、お前は小さきいのちたちのために泣き苦悩し、なんとしても救わんとする者か。永遠は、大慈悲心の真生命たらんと永劫思案した。
 原初に言葉があった。その言葉は、永遠が自らを発見し、自己自身の存在理由に向かって衝突し、自らの真実の願行を明らかにせんとする内在への超越、限りなき深みに向かって永遠それ自身が内省する言葉であった。
 内省する永遠、それは法蔵菩薩である。自己自身の底なしの深さに超越して到達した最後心は、「ああ、我は降りよう。我は悩み、苦しみ、年老い、死んでいく一つ一つの命の底に降りよう。自己自身をすっかり捨て果てて、南無阿弥陀仏の声となって、一切の有情と共に生きよう」、と決着した。阿弥陀仏の本願は、永遠そのものの内省によって発動する。超発希有大弘誓。天空に睥睨する神仏を、法蔵菩薩は永遠の内省によって超えたのである。
 今日から、24日・25日は、鹿児島県吹上町常楽寺様の御正忌報恩講です。毎年出講させていただいています。『仏説無量寿経』はなぜ出現したのか。「内省する永遠」という切り口から、話していこうと思っています。キリスト教の神、仏教の大日如来、色々な神仏がおられますが、自己自身を嘆き、自己自身の存在理由をとことん考えて苦しんだ仏様は、阿弥陀如来だけです。「永遠なるもの」とは、ただふんぞりかえった権威・権力者なのか、我々よわき者とともに苦しみ泣く者なのか、ここが宗教の根源のテーマですから。やさしく、ゆっくり、ほどいて、語ってみましょう。話せるかどうか、言葉になれるかどうか、毎回どこに行っても、自分自身への試練です。出発前朝6時。  玄章

 

 

011■ 「おじいちゃん、一・いちってなあに?」
もうすぐ2才6ヶ月を迎える孫娘あおいが、夕食のとき私の横に歩み寄ると、真剣なまなざしで見上げて聞きました。「ドキッ」としましたが、「一ってなんだろうね、あおいちゃん」と応じて黙しました。娘が、「この頃、何度も聞くのよ」と言いました。
「一・いち」は数の単位だけではありません。木の葉も石ころも、犬も猫も、まったく同じ物はないこの世界のことです。誰とも変われぬ一生一度の一人一人の人格も一です。わたしも一、あなたも一。そしてこのすべての生命をもらすことなく引き受けて、「だいじょうぶ。必ず救う」と呼ばれる仏様のみ心は、絶対無限の大慈悲心ただ一つ。だから「一心」と言います。「大きな謎が始まったんだね。教えない方がいいよ。人生の初めの一歩の問いも、一ってなあに? 最後の生死をかけた問いも、わたしの命丸ごとおあずけできる一ってなあに? なんだからね」と語りました。うれしくも、おそろしい衝撃を受けた孫の眼、言葉でした。翌日もまた、聞きに来ましたが。  玄章

 

 

■ 我が名をとなえよ。我がいのちををあたえよう。
世界中に神も仏もおられますが、名をとなえる者に自己自身をあたえるという仏さまは阿弥陀如来だけです。この世にある、草も木も花も、昆虫も動物も人間も、一切の無常のいのちを乗せている永遠は、自己自身をどこまでも深く内省しました。「いのちを救うとはどういうことか」、「いのちの救いはどのように実現するのか」、「わたしにその力はあるのか」、永遠はとことん考えました。自己自身の底なしの深さに超越して到達した最後心は、「ああ、我は降りよう。我は悩み、苦しみ、年老い、死んでいく一つ一つの命の底に降りよう。自己自身をすっかり捨て果てて、南無阿弥陀仏の声となって、一切の有情と共に生きよう」、と決着しました。阿弥陀仏の本願は、永遠そのものの内省によって発動しました。「我が名をとなえよ。我がいのちをあたえよう」、「いつくださいますか」、「今じゃ」、「はい、なもあみだぶつ」。 玄章

 

 

■ 人生で一番長い時間は、独りの時間です。
人生で一番長い時間は、自分と語っている時間です。独り沈黙しているときも、眠っているときも、夢を見ているときも、人間は自分に届けられる言葉を聞き続けてます。人間は言葉から逃げることはできません。欲の言葉、怒りの言葉、ねたみの言葉、失望の言葉、・・・・  言葉は止めることができません。なぜなら心から言葉を閉め出すことなんてできない。あふれつづける言葉こそが、人間の心の正体だからです。     
独りの時間がおだやかですか。むなしくさびしい時間を過ごしていませんか。阿弥陀さまは、人間におだやかな一瞬を与えるには、ご自身の名前をとなえさせようと願われました。人間の心の正体を発見なさったのです。「なもあみだぶつ なもあみだぶつ」ととなえる念仏は、永遠のみ仏さまが大慈悲の声となって、わたしの心になってくださるのです。阿弥陀さまは、わたしを決して独りぼっちにしない仏さまです。「なもあみだぶつ」と声になって、いつもいっしょです。 玄章

 

 

■ 花をのみ待つらむ人に山里の 雪間の草の春を見せばや  藤原家隆
「爛漫の花ざかりの春を待ちこがれているあなたに、山里に人知れず雪を割って芽吹いた草にも、もう小さな春が来ていることを見せたいものだ」、千利休が茶の心として好んだ詩歌です。茶のわび・さびに通じる歌なのでしょうが、わたしには「幸せの形」とも思えるのです。順風満帆の幸せもこの世にはあるのでしょうが、寒さに凍てつきながらも、そっと身を寄せ合って咲く幸せもあるのです。ドイツの詩人リルケが『神さまの話』に、神様が一軒一軒の人間の家を見てまわられて、最後に、貧しく寒さに凍えながら食べ物を分け合っている家族を窓から見られて、「ああ、ここに人間がいた」と微笑まれたと書いています。涙と涙でぬくめあって咲く幸せもあるのです。いえ、これこそが人間。 玄章

 

 

■ 因位の春
阿弥陀如来が、まだご修行中であった法蔵菩薩のくらいを因位(いんに)といいます。花爛漫の陽春が果位(かい)であるならば、まだ蕾も見せず風雪に耐えている厳寒の木々の姿は、因位の春です。草木染めの染織家の志村ふくみさん(人間国宝)の随想を読んで驚きました。真冬の桜の枝を炊き出して絹糸を染めると、匂い立つ桜色になるのだそうです。しかし、桜の花びらや花が散ったあとの枝で染めても灰色にしか染まらないのです。いのちのかぎり咲ききった枝には、もう色はなく、色は見えない宇宙に還って行ったのです。何という自然界の色彩の秘密の深さ。厳寒の今、世界中の木々たちがその深い懐のなかに色を宿し、見えない花々を咲かせています。わたしは今日、霧島山の懐で因位の春に出会ってきました。ああ、いのち嬉しや。  玄章

 

 

■ 引き受けられたわたし
お仏壇のご本尊は「南無阿弥陀仏・なもあみだぶつ」、宇宙のすべてをおさめとり引き受けた仏様です。この世に神も仏もたくさんおられますが、人間の過去・現在・未来のすべてを引き受け助けてくださる仏様は、阿弥陀様以外にはおられません。受験の神様は、老人の相手はしてくれません。安産の神様は、おばあさんの病気の心配はしません。過去の先祖の面倒もみません。今の受験、今のお産しか受け持たないのです。けれども人間の心には、自分だけではない先祖の歴史が流れています。父母、祖父母、かぎりない先祖の過去がみな救われないかぎり、わたしのいのちはきれいになりません。そして、自分自身も家族も、みんなの未来が明るくならない限り、わたしに本当の安心はありません。一人ずつ死んで皆ばらばらにこの世から行方不明になるだけです。阿弥陀様はたった一人のあなたを本当に安らかに救うには、過去・現在・未来のすべてのいのちを救わねばならないと決心されました。「一切のいのちを極楽に生まれさせる。一味平等の仏の家に皆帰って来なさい」、と引き受けられました。 玄章

 

 

■ 念仏は、どんぐりが独楽に変わる道。
どんぐりは一人では立てませんが、楊枝をさすと独楽に変身します。わたしは死への人生ですが、なもあみだぶつが中心軸になったら、永遠の大生命に転換します。宗教心とは、わたしの生命の大転換のことです。機法一体の南無阿弥陀仏。 玄章

 

 

■ はよ、お帰りなさいませ。 尼子貞尾
祖母は、祖父を送り出すとき、必ず「はよ、お帰りなさいませ」と玄関で見送りました。小学校にあがる前の私は、祖母と手をつないで一緒に見送った記憶が今も鮮明です。手を握ったまま「ばあちゃん、どうして、行ってらっしゃいと言わないの?」と聞く5才の私に、「ばあちゃんは、無事に元気に私のところに帰って来て欲しい。だから、はよ、お帰りなさいませと言わないではおれんの」と言いました。「ふーん」と不思議そうな顔をしている私の眼を正面からじっとのぞき込むと、「あのね、人間はどの言葉が別れになるか分からんのよ」と言いました。その言葉はいよいよ重く深く、あれから60年、魂の源流になっています。だから私もあなたに言います。「はよ、お帰りなさいませ」   玄章

 

 

■ 無限は、自らを分割することは出来ません。
世界中に神も仏もおられますが、その名をとなえる者に自分自身の国も生命も功徳も、自分自身さえもすべてあたえるという仏さまは阿弥陀如来だけです。阿弥陀如来は、絶対無限の大生命です。「いつくださいますか」、「今じゃ」。すべての「今」は無限のなかにあります。なもあみだぶつ なもあみだぶつ  玄章

 

 

■ 鮎は瀬に住む 小鳥は森に わたしゃ六字の内にすむ お軽同行

 

001 ■ 迷うことができる。悩むことができる。超えることができる。 玄章