『正定寺門徒手帳』  本願寺HPに紹介記事

 

【お礼参り】

 

お寺のご本尊・阿弥陀如来に、故人の往生成仏のお礼をおつとめする法事です。
臨終・通夜・本葬・収骨・還骨・お礼参り ・・・・ ここまで全体が葬儀です。
葬儀のため遠方から帰省された親族の皆様も一緒にお参り下さい。
住職と一緒にお経をおつとめします。今後の法事について、なんでもお気軽に相談して下さい。

 

【聞法と仏恩報謝】

 

葬儀がすみますと、初七日から法事が始まります。
法事は、悲しみを縁として「南無阿弥陀仏の教えを聞く=聞法」と「仏恩報謝=感謝の心」でおつとめします。
「ケガレをはらう」とか「身を清める」という行為ではありません。

 

【死はケガレではない】

 

 日本人はいつの頃から死を「ケガレ」として来たのでしょうか。
 文献としては、「日本書紀」に日本の神々の両親である夫イザナギ・妻イザナミの神話が出ております。神々を産んだ最後に火之神を産み、妻イザナミは焼かれて死に黄泉(闇)の国に行きます。夫イザナギは先立った妻恋しさに死の国に会いに行きますが、そこで見た妻の姿は、腐乱して崩れ果てた恐ろしいものでした。夫は逃げ帰ります。妻イザナミは怒って追いかけ、夫を死の国に引きずり込もうとします。やっとの思いで逃げ帰ったイザナギは、「われはキタナキトコロに行ってきた。わが身のケガラワシキモノをアラッテしまおう」といって、日向の檍原に行って水でミソギハライをした、とあります。
「死=腐乱=悪臭=黄泉国・暗闇・ケガレ=オソレ」という古来の感情は現代までつづき、「四」という数字さえも忌み嫌うようになったようです。

 

 「ケガレ・穢れ」を国語辞典で調べますと、「きたないこと。不潔。不浄。忌服(死穢)・出産(産穢)・月経など神前に出るのをはば
かられること」とあります。死穢を黒不浄、出産を産穢・白不浄、月経を赤不浄と呼んできました。「ケガレ」の意識は、職業差別・家柄差別・女性差別にまで及び、どれほど社会をゆがめ、人間を縛ってきたことでしょう。

 

 浄土真宗では、阿弥陀仏の国を「極楽浄土・彼岸・安楽国・無量光明土」と色々な言葉で表現しますが、「いのち限りなくひかり限りない永遠のやすらぎの世界」という意味です。迷いも苦悩もケガレも争いも、嘘も悪も暗闇もない安心の故郷です。ケガレはないのです。

 

 「我が国に生まれよ。ともに仏の国でまた会おうぞ」と、私を呼ぶみ仏の声が、「南無阿弥陀仏・なもあみだぶつ」です。
 「はい、おまかせします。ありがとうございます」の返事が「なもあみだぶつ」です。
 南無阿弥陀仏を信じ、丸ごとおまかせして生きる人生がここに開かれます。暗闇ゆきが人生ではありません。火葬場ゆきが人生ではありません。阿弥陀の国に生まれていく人生、なつかしい人々の待つ故郷に帰らせてもらう人生です。念仏のみが人間の真底の闇に光をともすのです。

 

【浄土真宗は「霊」という言葉を使いません】

 

 浄土真宗は、いかなる場合も、故人を「霊・死霊・霊魂・みたま」という言葉で呼ぶことはありません。
 浄土真宗は、一切のいのちをもらさず救い極楽浄土に生まれさせる阿弥陀如来の本願を信じる教えです。人間の自力のはからいではなく、ただ阿弥陀如来の本願他力によって、臨終と同時に、完全なるさとりの仏にならせていただく教えです。

 

 世の多くの宗教(宗旨)では、死者を「霊・死霊・霊魂・みたま」と呼ぶこともあり、その意味も様々です。しかし、古来から日本においては、「霊」は、「死後も苦しみ迷いの闇の世界をさまよっている者」の意味で使われてきました。どのような人生を生きたか、どのような死に方であったかによって、死者を差別し忌み嫌う時に使われてきました。

 

 死霊のゆくさきは、「冥界・冥土・幽界・黄泉の国」といって、光のない永遠に救いのない迷いの世界でした。安心しておちつける故郷ではないから、「草場の蔭でやすらかに」といい、安住の家もない暗黒の世界にとどまることを意味してきました。 

 

 「冥福を祈る」という言葉も矛盾した表現です。「冥」という字は、「くらい・光明がない・おろか・おさない」の意味です。死者を見下しているのです。「幽」という字は、「かくれる・くらい・鬼神・よみぢ・おしこめる」の意味があります。死者を闇の世界に追いやり閉じこめた上で、「幸福になりなさい」とか「安らかに眠りなさい」といっても少しも有難くありません。故人をうやまい感謝しているのではなく、忌み嫌い恐れるからこそ、このような表現が使われ続けてきたのです。死者を「霊」と呼ぶ時は、完全の救いを意味しないのです。
 「仏」と「霊」は、まったくちがいます。
『正定寺門徒手帳』より引用
 

通仏教の中陰法要

 

 仏教では輪廻転生といって、ちょうど車の輪が無窮に回転するように、一切の生類が三界六道の生死海を、果てしなく循環すると説くのである。通仏教では人の死後四十九日の間を中陰といって、七日毎に仏事を営む風習が行われているのであるが、これが正しく輪廻転生の思想に基づき現れた儀式である。すなわち四十九日の間は死者が輪廻し一定の住所に駐まらずして、中陰すなわち中有にいると説くのである。
 世間では迷う有様を形容して、よく中有に迷うというがすなわちこれから来たのである。この説を略説すれば中陰の期間中は七日毎に生死があって、七回新しき中有の身を受けるのである。そうして七七、四十九日を経て、最期に住所が決定すると説かれる。これは中有の普通説である。

 

中陰と中有の字義

 

人の死後七七日すなわち四十九日間を、なぜ中陰というかといえば、死後七七日の生命は現生と後生の中間にあって、しかも、おもてに顕れずに、陰に潜んだ存在であるところから名付けられた名称である。(以下略)

 

『必携 真宗事物の解説』 P272 より引用

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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